夜空に君という名のスピカを探して。
「……最悪だったな」


『……最悪だったね』


 ほぼ同時にそう言って、そのあとのため息まで重なった。


『私、今でも忘れないよ、トイレ事件』

「仕方ないだろ、生理現象なんだ。それに泣きたいのは俺の方だぞ」

『なんで宙くんが泣きたいの?』

「俺はお前に、ぜんぶ見られてるんだぞ」

『ちょっと、それは色々誤解を招くから止めてくれる?』


 今思えば、あのときは大変だったな。

トイレもお風呂も、彼が見たもの感じたものはすべて見えてしまうから辛かった。

そして今は、その状況に慣れてしまっている自分が怖い。


『さて、人物の設定を先に決めようか。宙くんは黒い髪に瞳をしている美青年っと』

「おい、盛るなよ。悲しくなるから」

『えーそれから、頭はいいけど固い。融通がきかない朴念仁……』

「急に悪口か」

『事実だよ』


 私の言った言葉の通りに、彼がタイピングしていく。

小説を見られながら書くというのは、正直言って裸を見られるより恥ずかしいかもしれない。

でも君にならなにを見られても、いまさらな気がする。


「楓って、どんな姿をしているんだ? そういえばお前のこと、なにも知らないんだよな」


 ふと、宙くんの口からこぼれた呟き。

私は鏡を通して宙くんの姿を見れるけれど、宙くんは私を目視することが出来ない。

まぁ私は別に美人でないので、見てもなんの得はないけれど。


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