夜空に君という名のスピカを探して。
「そうだな……。いつか別れる日が来ても、俺は楓の未来が希望であふれていると信じたい。でないと、ちゃんと見送ってやれないから」


 彼の言う私の未来が極楽浄土に行ったあとのことなのか、来世のことなのかは分からない。

けれど、彼が私の未来を信じてくれるというのなら、私も信じたい。

 彼の言葉こそ答えだ。

現実から目をそらして偽りの幸せを夢見ていては、過去から進めなくなる。

それでは読み手の心に、なにも残らないだろう。

私たちが綴るべきは痛みや苦しみを乗り越えた先にある、まだ見ぬ未来だ。

それはきっと希望に満ちていると、そう信じる心こそ描くべきなのだ。


『私も、私がいなくなったあと、宙くんの人生が幸せであってほしいって思う』

「ならこの物語は、読んだ人が苦しい現実の中でも希望を持てるような話にしよう」


 彼の言葉に同意するように『はじめよう』と声をかける。

私たちの、おそらく最後になるだろう共同作業だ。

 ねぇ宙くん、私にとっての希望はね。

宙くんが私の叶えられなかったものを叶え、強く生きていってくれることなんだ。

 だから私は、離れ離れになっても宙くんが前を見て歩んでいけるように、この物語に願いを託すよ。



 それから、どれくらいの時間を執筆に費やしたのだろう。

彼と物語を書き終えた瞬間、私の意識はプツリと途切れてしまった。

『楓』


 引きずり込まれるような、そんな闇から聞こえる悲しげな声。

それは最近見るようになった夢でも聞いた声だ。

私は誰なのかが知りたくて、その闇を振り返る。


『ごめんね、楓……っ』


 泣いている、そんな気がした。

泣かないでと心の中で声をかけると、一気に気が遠くなる。

そこで一瞬だけ、『楓、目を覚まして』と叫ぶお母さんと『頼む、戻ってきてくれ』という弱々しい声を上げたお父さんの姿が見えた気がした。

 もしかして、何度も私を読んでくれていたのはふたりだったのだろうか。

なら早く帰らなければ。

そう思って、その闇へ足を踏み出した。そのとき──。


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