最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
イヴァンがふと振り返ったとき、隣にいるはずのナタリアがいなかった。
一瞬で血の気が引くのを感じ、イヴァンは引きつった形相で周囲を見回す。
そして彼の目がとらえたのは、虚ろな瞳で宙を見つめたまま階段を踏み外そうとしているナタリアの姿だった――。
「賓客の御前でこのような失態……すべての責任は私にございます。申し訳ございません」
意識を失い居間の寝椅子に寝かされたナタリアに付き添っているイヴァンに向かって、皇后親衛隊長の兵士が深々と謝罪した。
部屋に漂う不穏な雰囲気とは対照に、眠りに落ちたナタリアはスヤスヤと穏やかな寝息をたてている。そのあどけなささえ感じる寝顔の頬を優しく撫でながら、イヴァンは親衛隊長の方を見ずに言った。
「お前の処分は後日くだす。それまではナタリアを全力で護衛しろ。一秒たりとも目を離すな。このようなことが再びあれば、王宮での職を失うだけでは済まないと思え」
おそらく親衛隊長は、栄誉ある皇后付きの任から外されることは確実だろう。
あまりに厳重な処分に、部屋にいた侍女や侍従らも密かに眉を顰めた。