最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
晩餐会はこのうえなく険悪な雰囲気に陥り、誰もが食事の手を止めた。
同席していたものは気まずそうに視線を交わし合い、こっそりとイヴァンの顔色を窺う。
オルロフも怒りより、ずっと禁じられていたローベルトの理不尽な死に対する不満をユージンが噴出させてしまったことに責任を感じ、険しい顔のまま口を噤んでしまった。
静まり返った晩餐室で、イヴァンが席から立ち上がった。
その場にいた全員が緊張した面持ちで見つめる中、イヴァンはユージンの席にまっすぐに歩み寄り、腰に下げている鞘からサーベルを抜く。そして刃先を彼の喉元に突きつけて言った。
「――ローベルトが許さないだと? きさまに兄の何がわかる。ローベルトとナタリアの何を知っている。俺はあの日のふたりを一番間近で見ていた。それ以上にお前が知っていることとはなんだ、言ってみろ。俺は肉塊になった兄がナタリアに罪を問うた記憶はないぞ」
青い瞳に本気の憎悪と殺意が込められているのを見て、ユージンはガタガタと震えたあげく白目を剥いて気を失った。
場は静寂から不穏なざわめきに代わり、側近たちが慌てて席を立ちイヴァンを止める。
「陛下……! どうぞ気持ちをお沈めください。今宵は陛下主催の晩餐会でございます。死人が出ては陛下の評判に傷がつきます」
オルロフがそっと腕を掴むと、イヴァンはサーベルを下ろし鞘に戻した。それを見て皆が安堵の息を吐き、侍従や宮廷官らが失神したユージンを部屋の外に運び出す。
ざわつきが収まらない中、イヴァンは自分の席に戻りグラスのウォッカをひと息に煽ってからテーブルにグラスを叩きつけるように置いた。それを合図に晩餐室は再びシンと静まり返る。