同期が今日から旦那様!?〜そこに愛は必要ですか?〜
結局、何もしないままただひたすらにぼーっとした週末が終わって、月曜日がやってきた。
長年の習慣は、失恋したくらいの事では、変わらないらしい。
いつもの時間に起きて、いつもの時間に家を出る。
六年間変わらない。
満員電車に揺られて会社に行く。
どれだけ私の心が弱っていても、仕事は待ってはいてくれない。
28歳にもなればそれなりに仕事も任されたりするわけで・・・。
「乃亜先輩、おはようございます」
エレベーターに乗り込む私の後ろから、かわいらしい声の後輩が声をかけてくる。
振り向くと、まぶしいくらいの笑みで回りの男性を打ち抜きながらまっすぐに私のもとへやってきたのは、三年後輩の臼井 桃菜。
色白で小柄、栗色の肩下までの髪がサラサラと揺れる正統派美人。
見た目は・・・。
中身はアニメオタクの推し命。
最近はコラボカフェに行って、推しに似た男の子がバナナチョコプリンパフェを食べさせてくれたらしい。
涙を目に溜めながら「尊い・・・」って遠い目をしていたのを知っているのは、どうやら私だけ。
たまたま彼女の好きなアニメとコラボしているコーヒーをコンビニで買ったら、彼女の推しキャラのキーホルダーが付いてきて、しかもそれはシークレットなやつだったらしい。
「あ、なんかシークレットだって」
って言った時の、彼女の食いつきようは凄かった。
それがどれだけ貴重か、彼女が欲しくてコンビニを何軒も回って何十本とコーヒーを買ったかと、熱く語られた。しかも、なのに、当たらないんです・・・と涙を流された時には、こっちが焦ってしまった。
「あげるよ、好きなら」と差し出したシークレットキーホルダーを拝むように受け取る様は、今でも目に焼き付いている・・・色んな意味で。

「乃亜先輩、おはようございます。なんか、元気なくないですか?」
・・・意外と感が鋭いな。
「おはよう。ちょっと寝不足だからかな」
なんて曖昧にごまかして、一緒にエレベーターに乗り込む。
私たちの所属する経理部は5階。
経理部は女性が少し多めの職場だ。
なので噂話があちこちでいつも飛び交っている。
健斗が同じ会社で、婚約していた事が知れていたら私も噂の種になっていたかと思うと、ちょっとだけほっとする。
仕事用のカバンから財布やスマホ、ハンカチなどを小さなバックに入れ替える。
そのまま持って行ってもいいのだけれど、足元で嵩張るのが嫌な私は小ぶりのバックに入れ替えるようにしてる。
その時、カサリと白い紙が音を立てた。
あ・・・。
婚姻届。
結婚情報誌に付いていたピンク色の花柄の婚姻届がすごく可愛かったから、これで提出しようと自分の所を書いて健斗にも書いてもらおうと入れていた。
これを書いてもらうつもりだった日に、呼び出されて別れることになったけど・・・。
「橘さん」
ふいに背後から呼ばれて、手にしていた婚姻届をバックの中に突っ込んだ。
「は、はい」
振り返ると、一年後輩の酒井さんが書類を手に立っていた。
「これ、私で最後みたいなのでお願いします」
手渡されたのは制服の注文書。
追加で制服を頼みたい人がいないか聞いていたのを思いだす。
「あ、ありがとう。課長に渡しておくね」
受け取りながら背中をツツー…ッと冷や汗が流れる。
見られてないよね・・・?
チラッと様子を伺うけれど、特に変わったところはない様子。
「乃亜先輩~行きますよ?」
桃菜に呼ばれて更衣室を後にした。


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