番外編 冷徹皇太子の愛され妃
「皇太子妃殿下は、外国語に精通していらっしゃるとお聞きしました。私も海外には時たま足を運ぶのです」

「……まあ、本当ですの?」

フィラーナがちらりと自分に視線を向けたので、彼は舞い上がり嬉しくなった。

「は、はい……!この前はポルシナに行って参りました。私、ポルシナ語が得意なのです。特にポルシナの詩人、カーニャには深く感銘を受けておりまして、すべて完璧に暗記しております」

「それは素晴らしいですわ。勤勉家でいらっしゃるのですね。彼の詩集はわたくしもよく読みました。よろしければなにか、一節でもお聞かせくださいますか?」

「ええ、もちろんです……!」

彼は意気込んで席を立つと、「では、僭越ながら」と、流れるような所作で一礼した。ご夫人方の視線が一気に彼に集中する。さらに気分をよくした彼は、得意気に口を開いた。

バルフォア公爵夫人もポルシナ語は理解できたので静かに耳を傾けていたが、徐々に眉間に皺を寄せ始めた。

それは、男性が女性へ愛を乞う詩だったのだ。いくらなんでも皇太子妃へ披露するような内容ではない。ポルシナ語を理解できるご夫人たちが他にもいたようで、次第に席がざわつき始める。

フィラーナは涼しい顔で黙っていたが、突然、パチン、と扇を閉じた。

シン……、と辺りが静かになる。

「もう結構ですわ」

「そ、そうですか、これからが山場ですが……」

フィラーナから醸し出される冷気を感じたのか、その令息はごくっと息を呑む。

「カーニャは実に様々な詞を残していて、その中のどれが好みなのかは個人次第なので、とやかく言うつもりはありません。ですが、五節目の冒頭の発音は『ル』ではなく、『グ』です。その他にも単語自体間違っている箇所が、いくつかありました」

「そ、そんな……」

急に青ざめる彼に、「わたくしも気づいておりましたわ」とバルフォア公爵夫人がとどめを刺す。

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