残念な上司に愛の恐竜料理を!

5杯目


 悩ましい夜が明けて、再び日常的なスクールライフの1ページが刻まれる。
 教室のセラミックはアンニュイな表情で黒板の白い汚れを凝視しながら、頬杖をついて固まっていた。それはまるで校舎内に佇む夢想家(デイドリームビリーヴァー)のようでもあり、周囲の者達は若干引いていたようである。
 松上佳音が休み時間、教室にやって来て肩を叩くと風船のように溜め息混じりの声が出た。それでも、お構いなしに佳音は親友に語りかけてきたのだ。

「んん~、どうしたの? 昨日何かあったのかな~?」

 前髪を弄りながら、セラミックは『あは~』と愛想笑いを返した。

「いや、ちょっと家庭的な事情で……」

 まさか、あのような破廉恥そのものの事態になっていようとは、親友といえど相談し辛い。ちなみに本日のセラミックが密かに着けている下着は、上下共に黒いレース生地の極小ブラ&紐パンであった。オマケにガーターベルトで制服のスカート下に黒ストッキングを吊っている。なぜこのようにギリギリまで攻めたかと言うと、自分でも昨日は姑息な格好だと思ったからに他ならない。
 
 やはり水着っぽくては恥ずかしさも半減で、家族の前では気合いを入れなくても歩き回れる雰囲気である。つまり対人地雷原を歩くような緊張感が不足していた。そこで文化祭の罰ゲームで有無を言わせず無理矢理に押しつけられた“淑女のナイトウェアセット”なる物をタンスの奥から引っ張り出し、『そいや!』という掛け声と共に着用してみたのだ。幸いにも、ぶかぶかで貧相という体たらくに至りはしなかったが、鏡越しに見える彼氏なし女子の姿としては、正にありえないムードを醸し出していた。
 無論、体育などで着替えがない日である事は前もってチェック済みである。後は通学途中の自転車で立ちこぎしている時や、トイレ休憩時に油断して誰かに見られなければ大丈夫だ。多分バレなければ問題ないと自分に言い聞かせた。
 不安要素としては万が一、交通事故に巻き込まれるなどして救急車で搬送される事となったら……病院のICUなんかで脱がされてしまうはずだから、気を付けなければならない。ナースやドクターに際どいエロ下着を見られては、本人にとって非常に好まざる憶測を生じさせかねず、彼らの昼休みにおける与太話のいいネタにされるだろう。

 少しブルって佳音を見上げると、見目麗しい彼女は屈託なく言った。

「明日だけどさ、美久の家に行ってもいい? 実は兄貴から荷物を預かったんだ。何でも、ささやかなお詫びの印らしいよ」

「そんなぁ、お詫びの印なんて……」

 松上晴人からのお詫びの品って何だろう? 高級菓子詰め合わせセットや女子の喜びそうなグッズを想像した。

「いいよ! 明日の晩にでも家においでよ……て言うか、いつでも歓迎する」

「おし! よく言った」

 慣れないレースの黒下着は、肌の弱いセラミックにとってあらゆる意味で刺激が強すぎ、白い柔肌に赤い跡を付けて痒みを生じさせるのだった。佳音の前でも、あちこちペン先で掻いて彼女から色々と訝しがられたかもしれない。
 
 放課後になって帰宅すると、えも言われぬ緊張感が漂い、思わず武者震いした。褌を締め直すという言葉があるが、セラミックの場合はパンツの紐を締め直して自らを鼓舞したのだった。
 
< 20 / 75 >

この作品をシェア

pagetop