目覚めると、見知らぬ夫に溺愛されていました。
ちょうどコーヒーを持ってきたウェイターが、笙子の表情を見て危うく手からソーサーを落としそうになった。
だがそこはプロ、なんとか踏ん張り無事にコーヒーを置くと、逃げるように去っていく。
俺は、香り高いコーヒーを一口含んだ。
目の前の女はまだ、こちらを睨んでいるが、引き下がるのは目に見えている。

「冗談じゃないわ。辞めます」

「会社をか?専務の愛人をか?」

「なっ!?……あなた、それ……」

肯定なのか否定なのか、その言葉だけではわからなかったが、反論しない所をみると、どうやら肯定のようだ。

「会社の方の処理は任せといてくれ。すぐに手続きは済ませよう。あと、専務の件は2人で話し合ってくれ。俺には関係ないからな」

肩を竦めて言うと、笙子は勢いよく立ち上がり、悔し紛れに椅子を蹴った。
器物損壊まで訴状に加えるのか?と、言おうとするが、その時すでに笙子は席を立ち、ラウンジの出口に向かっていた。
その後ろ姿を眺めながら、俺はゆっくりとコーヒーを飲んだ。
周りの好奇な視線など気にならない。
窓から見えるライトアップされた橋を見ながら、俺は、百合に会うことばかりを考えていたからだ。
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