綴る本
「フミール貴女ねえ、そういう事に関して疎いわよ。お姉ちゃん心配になってきそうだわ」
「何の事よ?」
 一体全体何のことを言っているのか理解出来ないフミールは、不満顔を見せた。
「今度お姉ちゃんがしっかりと教授してあげるからね」
「もうその話はしなくていいわよ。それよりもユラだっけ? 昼時はお世話になったわね」
 レイミィーから丸い背もたれの無い色の剥げた木の椅子に座って、変わらず嫌そうな顔をしているユラに視線を移した。隣のレイミィーがその発言に首を傾げる。
「昼時? その時間帯にユラと知り合ったのかしら?」
「知り合ったというよりも巻き込まれたが一番言葉としては正解だがな」
 その時を思い出しているのか、ユラは苦汁を飲まされたような表情をする。
「ねえ、ユラ。此処に居るってことはハーメリンスの兵士になったってことよね?」
「そうだな」
 レイミィーが悪戯を思い付いた子供のような笑顔を顔一杯に表した。
「じゃあ、ちょっと趣向の変わった訓練、遊びをしないかしら?」
「しない」
 明らかにユラにとってプラスには働かない提案に、悩む動作を欠片も見せず即答した。
 その態度に思わずレイミィーは苦笑する。
「レイミィーさん、それってランゴの実を使用する訓練ですよね?」
 正解、とでもいうようにビシッとレイミィーがルージュに人差し指を向けた。その口元にはとても上品とは程遠い笑みを浮かべているが、妙に色香が感じられる。
「ランゴの実……ね……」
 何処か遠い眼で宙に視線漂わせて、物憂げな表情を浮かべるフミール。
「フミール?」
 レイミィーが妹の余り見せない珍しい表情に訝しそうに呼び掛けた。常に勝ち気そうな瞳が今は憂いを滲ませている。
 呼び掛けられて驚いたように肩を一瞬震わせたかと思うと、フミールは宙から姉へと視線を移動させてから何でもないと一言いい述べて何時もの勝ち気な瞳に戻った。
 姉妹の会話に水を差すことを厭わないユラは立ち上がって、出ていこうとする。それを慌ててレイミィーの手が腕を掴んだ。ひんやりとした女性の柔らかく心地よい人肌の温度がユラに伝わる。
「何かようか?」
 飽く迄も素っ気なく尋ねた言葉は、美人な女性に触れられた動揺を隠すためではなく、感情を込めない冷ややかな普段通りの言葉だ。
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