綴る本
 相手に怒っているのかと間違われてもおかしくない声色に、少しレイミィーと他二名が一瞬だけ怯む。
 それから懇願するような眼差しでレイミィーはユラを見つめた。
「お願い……! 訓練、遊びをしましょう? ほら、前に会った時の続きと考えればいいでしょう?」
「……仮に、それに付き合ったとして、俺にメリットがあるのか? 只の体力を無駄遣いするなら、俺は指定された兵舎室に行くことを選択するが……」
 暗にメリットさえあればしてもいいとユラは示唆していた。それはユラにとっても悪くない条件下の話であることを意味する。
「そうねえ……」
 レイミィーはユラの示唆にもちろん気付いていた。ただ、ユラが納得し了承させる条件とは何か。それを微かに濡れた下唇に指を添えて考えている。
 思考僅か間もない時に妙案が頭の中に浮上してくる。
 それが後に、わだかまりとなって問題を引き起こすことになることは、現時点で気付くことはなかった。
 軍団長補佐でありながらそのことに気付くことが出来なかったのは、舞い上がった高揚または気持ちが本来すべき配慮を妨げさせていたからに他ならない。
「一人部屋が確か空いていたわね? 何部屋だったかしら、フミール」
 突然の問いにフミールは頷いてから答えた。
「二部屋だけ空いてるわ」「ユラ、私の言いたいことが分かるわね?」
「ああ、理解できる。それがメリットか……悪くはないな」
 にんまりとした笑みをレイミィーが作り、人差し指をユラの顔の前で左右に振る。
「でも、こちらにも条件が一つあるわよ。それはね――」
 勿体ぶるように言葉を区切り、一呼吸の間を置いて繋げた。
「――私に勝つことよ」


 レイミィーの一言から一連の流れに移行した四人は、太陽と月が入れ代わり交替する直後の時間に、兵士志願者のテストを設けるための訓練所に来ていた。
 今では志願者のテストを実施していない。床に付着していた斑模様の血が綺麗に拭かれて、本来の白い色を覗かせるようになっていた。
 レイミィーが訓練所の中央に立ち、三人に振り返った。その手には鈍く怪しくも暗い光を放つ胸まで覆うことの出来る肩当てを二つ所持している。
 その肩当てには拳代の大きさの実がくっついていた。手に納まる標準的な実と違い、不釣り合いの大きさといえる。
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