綴る本
 紅い蕾が色鮮やかに花開く様のように発火を発生させた。その火力は人体を軽度に火傷させる程度しか持たない低威力の魔法である。アルチャミー・ロックを装備しているユラに勿論被害はない。
 しかし、被害のないことが重要ではない。
 レイミィーはこの状況を相手がどのように打開するか観察するように眺めた。ユラの周囲に無数の触れたら発火する花弁が漂い、その影響で行動を縛ることにこの魔法の意味がある。動けども動かぬけどもランゴの実を破裂させる衝撃には十分な紅い花弁。流浪する花弁は予測不可能であり不規則に舞い続け、いずれランゴの実に接触する。持続性が高く、十分程発現し続ける。
 さてどうしたものかと、ユラの行動を予測立てていると、相手が感心するような声で言った。
「成る程な。威力の低い魔法なりにこの訓練では相当の効果が見込める……か。だが――」
 一片の紅い花弁がランゴの実に触れる前にユラが手で自ら発火させて庇う。
「――傷を被らない魔法に対処するのは楽すぎるがな」
 不敵に笑う姿がレイミィーの心臓を跳ねさせた。
 う、格好いい。
 顔を赤らめながら内心そう独白しつつ、魅了する姿に気を引き締め直す。訓練とはいえ負けるのは悔しい上に、妹の前で無様な姿を見せる訳にはいかない。姉としての威厳を損なわないために、手を抜かぬよう心に留めた。
 先手を頂いたレイミィーは次の手に移行するため口を開きかけて、途中で唖然とする。
 その原因は言わずもがな、ユラの行動にあった。
 レイミィーの頭で予測可能な思索の範疇外にあるユラの行動は、常人ならばまずし得ない行動であり、また出来得ない行動でもあった。
 それは、不規則に変化を重ねながら舞い続ける紅い花弁を手でランゴの実に当たらないよう自発的に発火させていたのである。
 前後左右の紅い花弁をまさしく手当たり次第に向かってくるそれを除去していた。瞬く間に数が減少していき、最後の一片を握り潰して発火させる。それらの影響で空気中の酸素が燃焼され温度が僅かながら上がった。
 確かめるように手を握り締めたり開いたりの繰り返しをしているユラに、得も言えぬ寒気をレイミィーは感じていた。
「いくらアルチャミー・ロックで守られているとはいえ、自ら魔法に当たるのは変か?」
 考えていたことを代弁するようにユラが言葉にした。
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