綴る本
 宙に浮かんだまま身動きがとれなくなったことに動揺のため極僅かな時間の間、状況判断力が鈍る。瞳をひたすら忙しなく動かし、身動き出来なくなった原因がわかった。
 視認するのもやっとの細く透明な糸が胴体、太股、両腕に絡み付き身動きできないようにしている。幸いなことに膝から下は激しく渦巻く気流のお蔭で絡み捕られずに済んでいた。
「もう……!」
 力一杯腕を動かそうとするが、細く柔そうに見えて魔法の糸は強固で全く動かない。指や手首は自由に動かせた。
「――っ!」
 不意に背筋にひんやりとした指で撫でられたような不快感がざわざわと肌を刺激する。
 視界には入らないが異質な空気が背後にいることは間違いない。ユラの声が耳に届くより危機回避する動作が速かった。
「チェックメイト」
 片足の気流が螺旋を描くように上へと這いながら、体を絡めとる糸を千切らせる。全身の束縛する糸が解けた時、気流を纏わない足で異質な空気目がけて反転しながら蹴を放つ。
 鈍く重質感のある感触が足から伝わると同時に、何かが吹っ飛びドボッと地面に落ちる音が耳についたが、それに構わず離脱するようにその場所から離れた。
 這わせていた気流を足に戻し、先程までいた場所を視野に認めた。
 上に重なるように脈動する赤い手がさっきまでいたレイミィーの背後に迫っていたのである。
 もう少し回避が遅ければランゴの実を破裂させられていたのは言うまでもない。
「なかなかやるわね。もう少しで負けていたわ」
 赤い手が剥がれ落ちるように宙から床に崩れた。
「今度はこっちの番よ」
「………」
「《雲雀は焔心を得る》」
 空中に漂うレイミィーの周囲に熱を放つ雲雀が十三羽現れた。たゆたうようにユラユラと燃える雲雀が空気を焦がしている。
 赤く猛るように燃える雲雀がユラの肩に配置しているランゴの実へと滑空する。Vの字の隊列を作り、床すれすれに標的目がけて周囲に熱波を撒き散らしながら突き進む。
 さすがに先ほどのように庇うことができないと判断したユラが回避行動に移ろうとしたが――雲雀の思わぬ行動に動きを止めた。
 雲雀がユラの手前で散開すように別れ、周りを回転しだしたのである。
 大抵の人には奇怪な行動のように思われるだろうが、ユラにはすぐに見当がついていた。
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