愛され秘書の結婚事情
エアコンで適温に暖められた部屋で、二人は土曜日と同じように、キッチンの椅子に向かい合って座った。
「……それで、えーと。とりあえず僕達は、婚約したって認識でいいんだろうか」
ここに来て急に実感が湧いてきた悠臣は、照れ臭そうな口調でそう訊ねた。
温かいカフェオレ入りのマグカップを両手で包み、七緒は真顔で「はい」と答えた。
「ただ……お願いがあります」
「うん、聞こう」
鷹揚に答え、悠臣はドリップバッグで淹れたコーヒーを美味しそうに口に運んだ。
「プロポーズはお受けしましたが、婚約のことを公にするのは、待っていただきたいんです」
「それは、公にすると会社を辞めさせられるから?」
「違います」
いつもの彼女に戻って七緒は言った。
「今の仕事は好きですが、辞めることに未練はありません。桐矢さんと結婚するのであれば、今度は妻という立場から夫をサポートしたいと思っています。それは即ち、今の仕事が社内から家庭内へ変わるだけのことです」
「なるほど。それは僕としても歓迎すべき変化だね」
「はい。しかし秘書から妻へ立場が変化すると、求められるスキルも変化します。秘書としてのスキルも結婚後に活かせますが、それ以外にも求められる素養は沢山あると思います」