愛され秘書の結婚事情

 悠臣は特に見晴らしのいい場所に作られた、一つの墓石の前に立った。

 そこにローマ字で刻まれた【Toya Naoki】という名前に、七緒は「やっぱり」と思った。

 ここは悠臣の父、桐矢直毅が眠る場所だった。

 直毅の死については、悠臣でなく晶代が話してくれた。

「馬鹿がつくくらい海が好きだったのに、仕事が忙しくなって悠臣も生まれて、それであの人、すっぱりサーフィンやめちゃったのよ。やっぱりサーファーは海で亡くなることが多いから。それなのに、商談に向かう途中で交通事故に巻き込まれて、あっけなく死んじゃって……。こんなことなら、ずっとサーフィンを続けさせてあげれば良かった。……私が自分の人生で、唯一悔やんでいることよ」

 寂しげな顔で、晶代はそう話してくれた。

 彼女が今、サーフィンに携わるボランティアを続けているのは、きっとその贖罪の意味もあるのだろう、と七緒は思った。

 直毅が亡くなったのは、悠臣がまだ小学校に上がる前のことで。

 だから彼と父親の思い出は少ないはずだが、悠臣は父を尊敬していると言った。

「サーフィンをずっと続けることも出来たのに、父は僕と母のために、その大好きだったサーフィンをやめた。母はそれを申し訳ないと思っているようだけど、僕はそうは思わない。本当に守りたいものが出来たら、男だって大好きなものを捨てることが出来る。それほど愛せる存在を得られた父を、僕は羨ましいと思ったし、その潔さを尊敬もしている」

 以前、自分が思ったのと似たようなことを、悠臣が口にしたことに、七緒は驚いた。

 七緒を行かせないために、悠臣はプライドを捨てて彼女にプロポーズした。

 央基はそれが出来ず、彼女を失った。

 悠臣は亡くなった父から、そういう生き方を学んだのだ。

 そしてそんな彼に出会えた自分を、とても幸運な女だと七緒は思った。
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