愛され秘書の結婚事情

「七緒さん」

 悠臣は、そっと彼女の手を取り、言った。

「改めて、父の墓前で誓わせて。僕はこれから生涯かけて、あなたを守り、慈しみ、愛することを誓います」

 突然の宣誓に驚いた七緒は、目を見開いて彼の顔を見つめた。

「君に出会うまで、僕は、僕の心は、半分死んでいた。誰かを愛し愛される喜びを忘れ、もう自分には二度とそんな幸せは訪れないと、そう思い込んでいた」

「悠臣さん……」

「多分きっと、間違いなく、僕のほうが先に死ぬと思う。だけどその時、僕は君の泣き顔は見たくない」

穏やかで、静かで、眼下に広がる水平線のように澄んだ眼差しで、悠臣は七緒を見つめた。

「だから僕はその日まで、精一杯あなたを愛するよ。一瞬だって後悔することのないよう、今もこうして流れていく時間の中で、あなたのために生きるよ。かつて父が僕と母にそうしてくれたように」

「悠臣……さ……」

 堪えきれずに涙を溢れさせた七緒を、悠臣は笑顔で見つめ、そっとその体を抱き寄せた。

「だから君には、僕が亡くなるその直前に、言って欲しいんだ。ありがとう、私はとても幸せでしたよって。笑顔でね」

「うっうう……」

 もう言葉の出ない七緒は、答える代わりに大きく頷いた。

 口元を押さえ嗚咽する彼女の肩を抱いて、悠臣はいつもの軽い口調に戻って言った。

「この誓いの証人は、父と空と海だ。あ、墓地に眠る大勢の人たちもかな。……これだけの証人がいては、僕は絶対に約束を破れないね」

 その冗談に、七緒はクスリと笑った。

 けれどやはり涙は止まらず、彼女は笑いながら涙を流した。

 彼女が泣き止むまで、悠臣はじっとその肩を抱き続けた。

 柔らかな午後の陽射しが、そんな二人を白い光で包んでいた。


FIN
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