愛され秘書の結婚事情

 正直、金曜日の彼は完全に自制心を失っていた。

 このまま何もせずにいれば、彼女は確実に会社を辞めて郷里に戻ってしまう。

 生まれて始めて手放したくない存在に出会えたのに、こんなにあっけなく別れが来るのか。

 そしてレストランでの、七緒が初めて見せた涙。

 これまで一度も泣いたことのない、泣き言すら言ったことのない彼女が、初めて見せた涙と弱った姿に、悠臣は大きなショックを受けた。

 つまり七緒にとってはそれだけ、今回の退職は辛い決断なのだ。それが悠臣にもわかった。

 それなのに彼女はすぐに泣くのを止め、いつもの冷静な秘書の顔で、「忘れて下さい」と言った。
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