太陽に抱かれて
どうしようか。
ももは白雨の降るヴェルノンの街を眺める。はあ、と吐きだした息は、微かに白い。
静かな世界だった。目の前のカフェの赤い庇だけが、モノクロの世界を彩っている。
しとしと、耳を撫でる雨音が、鼻先をなぞる湿った風が、ももを閉じ込める。
このまま、一人でしばらくヴェルノンに佇むのも、悪くないかもしれない。
空からかかる、薄い、美しいレースのカーテンをももは眺めた。
冷たくもしっとりとした空気が体を包んでいる。
悪くない、もう一度心の中でつぶやいて、そう、と瞳を閉じかける。
と、黒い影が、《《向こう》》から飛び込んできた。
「Excusez-moi, madame」
ももは下ろしかけた睫毛を大胆に揺らした。
厚手のシャツを傘がわりに頭をすっぽりと覆った男。
とくり、心臓が跳ね、アーモンド型の瞳が大きく見開かれる。
「……ムッシュー・ロンベール」
ブーランジェリーの狭い庇の下、シャツを取り去った男の顔が露わになる。
「君は……」
ギリシア彫刻のような深い眼窩、銀色に瞬く睫毛の向こうで、緑褐色の瞳がももの姿を認めて、はっきりと揺らいだ。
「どうして、こんなところに」
「……郵便局に用があった」
鼻先に滴る雫も拭わずに立ち尽くしていたシモンだったが、ももに訊ねられると、雨粒の積もったシャツを外へ向けて大きく振るった。
「その……傘は?」
頬は濡れ、額にはグレーの髪がはり付いている。雨はジヴェルニーでも昨晩から降り続いていたはずだが、まさか、アトリエから傘もささずに来たのだろうか。
ももは肩にかけた鞄の中からタオルハンカチを取り出すと、シモンに差し出した。
「今ごろ、どこのどいつか知らない人間の雨避けになっているだろうな」
一寸、青空を薄めたような色のそれをじっと見つめたものの、ありがとう、と短く礼を述べて、シモンは受け取った。