さよなら、片想い
 私は周囲を見まわして、人の来る気配がないのを確かめた。
 そのままでは使われなくなった古い図面や参考資料のしまってある部屋に岸さんを招きいれる。



「単刀直入に聞きます。あの日のこと、どこまで知っているんですか?」


 私よりも岸さんよりも高さのある棚に、ぎゅうぎゅうに資料が詰まっている。壁のようだ。
 声が近いところで跳ね返っている。


「あの日というと?」

「店舗の通用口で岸さんと鉢合わせした日です。なにか見ました?」

 考えるように間を置いたのち、岸さんは静かに答えた。


「若いカップルがはしゃいでいた。あと、君が泣いていた」

「泣いてません」

「目が真っ赤だった」

「私のなかでは泣いてないんです」

「目が赤かったことは認めるんだ?」


 言葉に詰まった。
 岸さんが正確に指摘してきたので、茶化すのもごまかすのも無意味に思えた。



「カップルの男のほうは高校からの友達で、そのころからずっと好きでした。いきなり結婚の報告をされたばかりで、まだ気持ちの整理がついていないのに……今度は式で花嫁が着る振袖を私に描けと言ってきて……一生恩にきると言われてしまって……」

 棚の図面の束が涙で揺らめいてみえる。
 説明する声も震える。


 女友達にも話していないのに、職場で会社の人に打ち明けるとかありえないって思う。

 でも、親しい人だからこそ、つきあいの長さゆえに、話せなくなることもある。

< 13 / 170 >

この作品をシェア

pagetop