さよなら、片想い
 車を走らせてホテル(当然、披露宴が行われたのとは違う場所だ)の部屋に入った。誰にもなんにも邪魔されることなく、ふたりだけの甘い時間を過ごした。
 カーテンの外は明るかった。


「披露宴のごちそうでお腹ぱんぱんだったのに、お腹すいてきちゃったじゃないですか」

「ちょうどよかった」

 私に存分に触れたあとの岸さんは丸く穏やかになっている。受け答えひとつをとってもそうだ。
『家にひとり、名取さんが欲しい』と抱きしめながら言っていたから、たぶん岸さんも気づいている。
 ダブルベッドに腰掛けて、ヒール靴を履くか、備え付けのスリッパにするか迷っていると、岸さんが言った。

「名前で呼んでもいい?」

「いいですよ」

「結衣ちゃんと結衣、どっちで呼ばれたい?」

「まさかの『ちゃん』付け……! あっ、どっちでもいいです。呼びたいほうで」

 大の大人がお伺いをたてるのは可愛かった。岸さんは結衣ちゃんと呼ぶほうを選んだ。

「私も下の名前で呼んだほうがいいんですかね?」

「いいですよ」

 岸さんは私を真似て答えた。言い方がいちいち可愛い。どう呼ぶかはこの際なんでもいいって気がしてくる。

「じゃあ岸さんのままで。そう呼ぶの、割と好きなんで」

 俺もそうかも、と岸さんも頷いた。

「名取さんに岸さんって呼ばれるの、結構気に入ってる」
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