キス時々恋心
学生たちはヒソヒソと会話をしているが、遙にはそんなもの聞こえていない。
「ユキ君……レン彼のバイト辞めてから、その代わりに引っ越し業を手伝ったり、深夜にコンビニで働いたりしてるんだよ。
疲労も溜まって、時間も無くなっちゃって、絵画展に出す絵だって全然進んでないの。もし、ユキ君が絵画展に出展出来なかったら、私はあなたを絶対に許さないから!」
遙は声を荒げて、目尻に涙を浮かべながら必死に彼の窮状を訴えた。
その言葉は、初音の胸に杭を打ち付けられたように深く頑丈に突き刺さる。
雪次郎と会えなかった数ヶ月、彼がどんな思いで一日一日を過ごしてきたのか、初音は全く理解していなかった。
お冷を浴びせられて当然だ。
大切な人がそんなことをされれば、初音自身も同じ事をしたかもしれない。
水滴が初音の頬を伝い、ポタッと床に落ちる。
「二人ともどうしたんだ?」
呼び出しから戻ってきた雪次郎が二人に声を掛ける。
びしょ濡れになった初音の姿を見て、雪次郎は「何でびしょ濡れなの……!?」と酷く驚いた。
「…………」
「…………」
初音も遙も二人して口を閉ざし、何も言わない。言えるわけがなかった。
「私、帰るね……」
「うん。あっ……そこまで送るよ」
「いい。一人で帰りたいの」
初音は濡れたままの姿で荷物をまとめ、そのまま学食を後にした。