かすみ草の花束を。


「そのお客様…注文されたものをまだお出ししていないのに代金を支払っていかれまして……そしたら、外でずぶ濡れになってるおじいさんに声をかけていたんです。
誰かを待っていたみたいだったので、戻って来たら返そうと思っていたのですが、まだご来店にならず少し心配していました」

外でずぶ濡れになってるじいさん…?
そんなの目の前にいたらあいつの性格上ほっとけないに決まってる。

「きっと待っていた相手はあなたではないかと思いまして…差し支えなければ、このお金をそのお客様に返していただけませんか?
こちらといたしましても、一滴も飲まれてないのに、お金をいただくわけにはいきませんので」

そう言ってその店員から花咲が払ったと思われるお金を渡される。

「ありがとう。 お願いします」

「こちらこそ、教えてくれてありがとうございます。 責任持って返しときます」

俺がそう言って一礼すると、その店員は「雨なので、どうぞお気をつけて」と、険しくなっているであろう俺の顔面にも快く笑顔で挨拶してくれた。
接客のプロだと感じながら、俺はカフェを出る。

そしてその近くを探し回った。
見た感じずぶ濡れのじいさんはいないし、花咲の姿も見当たらない。

また、嫌な予感がする。
中学の冬夜の時と同じ感覚。

すると、ふと目線の端に何かが見えた気がした。

そこは狭い路地裏の何もない道の先。


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