嘘つきシンデレラ



しゃがみこんで、太郎を撫でる社長のつむじを



見下ろしたまま。



動けないさとみ。




「…。」




打ち寄せる波の音。




目の裏で閃光が走るくらい眩しい視界。




遠くで汽笛が鳴った。 




私のいつもの平和な日常なのに



…どうして、ここに社長がいるの?




訳の分からない感情に泣きたくなる。 


 

あっという間に引き戻される感情に戸惑う。




沈黙の中。




「何してるんですか」




耳に聞こえたのは、自分の冷たい声。


 

社長が立ち上がる。




社長を見つめていたさとみは、急いで




地面に視線を落とした。




「…手術、しなかったんだな」




それが




知りたかったの?




どうして手術しなかったのか。




どうしてお金を返したのか。




そういうことが知りたくて来たの?




…。




太郎のリードを持つ手に力が入る。

  


「何かあるなら、




智くんに聞いてください。 




必要なものがあるなら、送ってください。




何にでもサインするし、お返します」 




固い口調で




視線は地面に落としたまま、




立ち去ろうとするさとみ。




ズキズキ




ズキズキ




痛くて




「話がある」




さとみの腕を、力強い手がつかんだ。




「離してっ。」




その手を離そうとするさとみ。




力をこめているのに




びくともしないその手に




さとみは、視線を落とすしかできない。




何で?




どうしてこんなことするの…?




沈黙の後




社長がつぶやくような声で言った。





「平気?




お前は平気なのかよ?」




平気?




何言っているの?




何で社長がそんなこと言うの?




取るに足らないものだって




紙くずみたいに




捨てられたのは




あなたじゃない



…わたしだもん。




ズキズキ




ズキズキ




やまない痛みに




めまいがする。




「わたしには社長と話すことなんてない」




さとみの静かな声。




「お金で繋がっていただけなのに、




何しに来たんですか。




もう、会いたくなんてなかった…。




もうここには来ないでください」




さとみの冷たい言葉。




社長の手から力が抜ける。




つまづきそうになる足をひきずって




さとみは歩きだした。




太郎も名残惜しそうに、




さとみの足元をうろついたけれど




諦めてさとみと歩き出す。




ああ



私って いやな女。




私って なんて、いやな女。 




意地が悪い。









社長が一番傷つくと思う言葉を選んだ

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