センチメンタル・ファンファーレ


結局、マンションの前にある植え込みの縁に並んで腰かけた。
この暗さなら、すっぴんも気にならない。
川奈さんはさっそくビニール袋を漁る。

「じゃあ、遠慮なくいただきまーす」

「はい、どうぞ」

当然のようにレジに向かう川奈さんに「やっぱり私が払います!」と食い下がったところ、「あ、じゃあお願い」と丸投げされた。
自分の分は自分で、というつもりだったのに、川奈さんのアメリカンドッグまで私が払った。
別にそれは構わないけれど、この人は気前がいいというより、ただのどんぶり勘定なんだな、と思う。

「とりあえず、俺の勝利にかんぱーい!」

グレープフルーツサワーを高く掲げて、川奈さんは自ら音頭をとった。
仕方なく私もペコッと青リンゴサワーをぶつける。

「おめでとうございます」

「ありがとう」

ごくごくと川奈さんはおいしそうに喉を鳴らす。

「勝った後は格別だね。特に今日は二次予選進出が決まったし、一緒にお祝いしてくれる人もいるし、最高!」

「二次予選に進出するとどうなるの?」

きつい炭酸に顔を歪めながら尋ねると、川奈さんは腕を組んで宙を見上げる。

「えーっと、あと二人勝てば挑決(挑戦者決定)リーグ入り」

「そのあとは?」

「リーグ入りした三人と、シード棋士四人、合計七人でリーグ戦して、一番勝った人が王将に挑戦できる」

挑戦者が決まる頃には、もう冬だという。

「なーんだ、まだまだじゃない」

「あのねえ、そんな簡単じゃないよ」

「とりあえずリーグ入りを目指すんだよね。あと二人?」

「まあ、一人勝つのも骨の折れる人ばっかりだけどね」

難しい顔で息を吐いてから、「先のことはいいじゃない」と、袋からロールケーキを出して、チョコレート&ミントの方を差し出す。

「いただきます」

ミントクリームをチョコレートケーキでくるんだそれは、さわやかでくどくなく、とてもおいしかった。
私がひと口頬張るのを見届けてから、川奈さんもストロベリー&バターを食べる。

「なんか、高校生みたいだね」

路上に座り込むなんて、もう何年もしていない。
今はアルコールが入ってふわふわ浮き立っているけれど、冷静になったら少し恥ずかしいかもしれない。

「懐かしいなあ」

真っ黒な空を見上げて川奈さんも笑う。
雲のせいなのか、住宅街の明かりのせいなのか、月も星も見えない。

「川奈さんも、普通にこんなことしてた?」

「してたよ。それこそ深瀬さんたちと奨励会帰りに数人でね」

「へえ。そこは普通の高校生なんだね」

「コンビニの前で肉まん食べたりしながら、課題局面において歩で取るのが正解か、銀で取るのが正解か、延々二時間くらい話したり」

「迷惑~~~」

私たちが恋の話をしたように、この人たちは将棋の話をした。
いや、もしかしたら『今年のバレンタイン、作る? 買う?』よりずっと多い熱量で『このと金って、歩で取る? 銀で取る?』と話すのだろう。
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