センチメンタル・ファンファーレ
「で、弥哉ちゃんはどう切り返すの? いっそ連続王手したらあっさり投了するかもしれないよ」
「無理。それに川奈さん忙しいから。迷惑な女だって思われたくない」
「確かにここしばらくちょっと忙しいかな。でも、川奈さんがこれからもずっと忙しかったら? タイトル獲っちゃったりしたらどうするの? どこかで無神経に踏み込まないと、いつまでも今のままかもしれないよ。それとも、川奈さんが負け続けて暇になるまで待つつもり?」
「そういうわけじゃ……」
「どのタイミングで踏み込まれても、好きな子なら嬉しいし、そうじゃなければ暇な時でも鬱陶しいんだから、いつ言っても結果は変わらないって」
「相変わらず、身も蓋もない……」
言うだけ言って、白取さんは親指についたソースをペロリと舐める。
本人にとっては無意識の行動だろうに、ドキッとするほど色気があった。
相手が白取さんじゃなくても、いろんな人のいろんなところにドキドキする。
いろんなところに魅力を感じる。
だけど、それと「好き」ということは、似ているようで全然違う。
「白取さんも昔から川奈さんを知ってるの?」
「俺が親しくなったのは初段のとき。高校入ったくらいかな。川奈さんは当時三段で、すぐに四段に昇段した」
「……昔ってどんな感じだった?」
好奇心に負けて言ったあとで後悔した。
悪魔に魂を差し出したことを悟った私は、動揺から無意識にお砂糖を三つカフェラテに入れていた。
きれいな笑顔で悪魔は身を乗り出す。
「知りたい? 川奈さんの恋愛の話もいろいろできるよ?」
テーブルごと押し返して、私は不貞腐れた態度を取った。
「いらない。知りたくない」
「聞いてきたくせに」
「聞きたかったのはそれじゃないから。川奈さんが好きだった人のことなんて知りたくない。絶対一生嫉妬する」
白取さんは身を起こして、ズレたテーブルを直した。
「素直な気持ちが聞けたから、質問に答えてあげるよ。川奈さんはあんまり今と変わらないよ。恋愛でも将棋でも何でも真面目。感情の発露が素直だから考えてることも大体わかる」
「わかんないよ」
「それは盲目になってるからでしょ」
打てば響く速さで、白取さんは私から言葉を奪う。
「今もそうだけど、奨励会員によくご飯を奢ってくれた。賞金出たときも、落ち込むような負け方したときも。考えてみれば、川奈さんから役立つアドバイスなんて聞いたことないな。いつもどうでもいいことばっかりで。でも、本当によく練習将棋には付き合ってくれるんだ」
白取さんが対局している姿は見たことがない。
だけど、きっとこんな感じだろうと思わせる、真剣な表情だった。
「川奈さんには感謝してる。だから川奈さんと同じように後輩の練習には付き合うし、そうしてる棋士や奨励会員は他にもいる」
ふたたび空気を緩めた白取さんは、にっこりと笑う。
「そんな川奈さんを好きって言う子は応援したいと思うよ」