探偵さんの、宝物
「ああ、付き合っている人はいないので、その心配はありません」
「え」

 僕はその言葉を理解した瞬間、勢いよく彼女の方を向いた。

 すると顔がすぐ近くにあった。
 彼女は突然振り向いた僕に驚き、数回瞬きをする。
 その瞳は液晶の青白い光を受けて、潤んでいるように見えた。

 少し体を斜めにすれば、口づけることも簡単そうだと思った。



 僕は数秒釘付けになり、それはいけない、と気付いてまた画面を見る。

「あ、すみません」

 どくどくと、心臓が激しく血を巡らせている。

 ――付き合っている人は、いない。

 彼女の言葉が胸から脳から全身に染み渡ってくるようだった。
 喜色満面の顔を作ろうとする表情筋を、脳からの指令で無理やり押さえつけた。

 ――ずっと頭を悩ませていた疑問が、あっさりと解決してしまった。

 つまり、相手がいないなら、僕が尾花さんを狙っても何の問題もないわけで……。

 いやいや、勿論狙うっていうのはそういう意味じゃない。今は仕事中だし合意が必要だし物事には順序ってものがあるし。



「あの、どうかしましたか?」
 僕の態度を訝しんだのだろう、尾花さんが小首を傾げて覗き込んできた。
 髪がさらりと流れ、甘い蜜のような香りが、微かに。

「あー……」
 僕は口を手で覆い、間延びした声を出した。

「ちょっと、向こうに居てもらっていいですか? ……集中できないので」
「あ、邪魔でしたか? ごめんなさい……」

 しゅんとして謝る尾花さんの声を聞いて、言い方が悪かったと焦った。

「や、貴女が悪い訳ではなくて。
 あんまり近くにいられると、危ないと言うか。……一応僕も男なので」
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