探偵さんの、宝物
「えっ」
 尾花さんがぱっと両手で口を押さえた。
 目を白黒させ、困ったように眉を下げている。

「ご、ごめんなさ……」
 彼女は高くか細い声で謝りながら立ち上がる。僕を怖がっているようなその声が、何故か扇情的に聞こえた。
 暗くてよく見えないが、頬が赤い気もする。
 そのままふらふらした足取りでベッドまで行き、こちらに背を向ける方向に腰を降ろした。



 僕は何も言えず、一連の動きを見ていた。
 ――なんだ、今の反応は。

 集中するために遠ざけたのに、あんな反応されたら余計に気になるじゃないか。
 異性として意識されてないって訳でもないのか?

 ベッドに座る尾花さん。
 それはそれで目に毒だった。



 僕は気を引き締める為に、ぱしりと自分の頬を叩く。

 冷静に、冷静にだ。
 調査でも下調べ、計画、準備が成功を左右するからな。
 これから間合いを詰めていって、良い雰囲気を作り出し、そしていずれは告白……。



 僕はちらりと尾花さんを見た。
 彼女は動かない、こちらに背を向け、ベッドに身体を横たえたまま。

 ――まさか。

 忍び足で近づき、上からそっと覗く。
 身を抱える様にして横向きに転がった彼女は、案の定目を瞑っていた。

 ――尾花さん、この状況で寝ますか?
 やはり僕は全く警戒されていないのか?

 薄いカーディガンを着た体は小さく上下している。このままでは寒そうなので、僕の上着を掛けておくことにした。彼女は布団の上に寝てしまったから。

 僕ばかり一喜一憂させられて割に合わないので、寝顔は少し見させてもらった。
 無防備で、普段より幼く見える顔に、ふっと笑みが溢れる。ああ、こんなに可愛くちゃ憎めない。
 調査初日から色々な事が起こって疲れたんだろうな。心の中で「お疲れ様です」と声を掛けた。

 気配に気付かれて目を覚ますとまずいので、すぐにパソコンの前に戻った。
 画面の映像に動きはなく、相変わらず暗い車庫と車が映るだけだ。

「前途多難だな」
 大きく伸びをして呟いた。
 夜はまだ明けそうにない。
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