探偵さんの、宝物

三節【立派な探偵さん】

 少し肌寒い、曇りの日のお昼前。

 私は探偵事務所の書斎のデスクトップパソコンに向かい、動画編集ソフトの練習をしていた。
 証拠映像の編集に必要だから、早く覚えて楓堂さんを手伝えるようにならないといけない。

『あんまり近くにいられると、危ないと言うか。……一応僕も男なので』

 ……また、思い出してしまった。
 やたら大きな音を立ててマウスをクリックしてしまう。
 ぶんぶんと頭を振って、不純な気持ちを振り払った。

 一昨日の初仕事は危なかった。
 あの部屋の雰囲気に飲まれていたのかな。もう少しで寄り掛かったりしてしまいそうなくらいぐらっと来ていた。
 その上、想定外のあの一言。
 楓堂さんに対しては、子供の頃の想い出と現在の落ち着いた喋り方から清廉潔白なイメージを持っていた。それなのに……。
 あの言葉で、火を付けられたように身体中が火照った。

 ――駄目。しっかりしなくちゃ。
 好きになんてならないように気を付けないと。
 楓堂さんが、気味の悪い力があるだけの私なんか本気で相手にするはず無いんだから。
 うっかりベッドが気持ち良くて寝ちゃったけど、何も起こらなかったし。

 自分に言い聞かせてる時点で、もうほぼ砦は崩されている……という事実には気付かない振りをした。



「尾花さん」
「はいっ」

 背後から声を掛けられてびくっと反応してしまい、キャスター付きの椅子が悲鳴に似た音を立てた。
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