探偵さんの、宝物
「調子はどうですか?
 何か分からないところとか、あります?」

 違う部屋で機材のメンテナンスをしていた楓堂さんが戻ってきた。
 こちらの気も知らず、爽やかな笑顔だ。
 昨日は明けで私は休みを貰えたが、楓堂さんは報告書と証拠DVDを作って依頼人に渡したらしい。
 あまり休んでないはずなのに、今朝会った時から何やらご機嫌な様子だ。

「あ、いえ、大丈夫です。
 できたので見てもらえますか?」
「早いですね、どれ……」

 楓堂さんはさっと近付いて、私の上から半分覆い被さる形でマウスを掴む。
 すごく、近い。右上を盗み見ると、目の前に横顔があった。
 あの時感じたのと同じ、楓堂さんの匂いがする。

『あんまり近くにいられると、僕も自制が効かなくなると言うか』

 匂いからまた記憶が甦り、心臓が高鳴った。居ても立ってもいられなくなるような恥ずかしさに肩を縮こませた。

「うん、大丈夫そうですね」

 ああ、耳元で喋るのはやめて。
 昔と百八十度違う低い声が良すぎる。

「そうですか、良かった」
 私は平静を装って頷く。本当は心臓の音が聞こえないかとひやひやしていた。

 練習で作った動画のチェックは終わった。この寿命が縮みそうな状況もこれで終わると思い安堵する。

「あの、尾花さん」

 楓堂さんはマウスを離して右手を机につき、左手で私の座る椅子の背もたれを持った。
 さっきまでと距離は変わらないまま、私を見下ろして話し始めた。

「な、なんでしょう?」

 こう見ると、楓堂さんはやはり大きい。
 大きな動物にのしかかられて逃げ場が無いかのような錯覚を起こした。
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