探偵さんの、宝物
 ***

「マル被です。尾花さんはそのまま振り向かずに歩いて下さい」
 インカムを付けた僕はそう言う。
 すぐに『了解です』と尾花さんの返事が聞こえた。

 ――昼食の時、尾花さんに警察の相談窓口に電話するように言っておいた。
 あとは、僕が証拠を取るだけだ。

 夜の商店街。僕が尾花さんの五メートルほど後ろを歩いていると、そいつは現れた。
 中折れ帽を被った男性。身長は170cm前後。歳は僕らより上。灰色のマフラーに顔を埋めるようにして歩いている。
 彼はアーケードに入る前から尾花さんの後をつけていたので確信が持てた。
 動きから見るに、完全に尾行の素人というわけではなさそうだ。

 僕は尾花さんを映している手の中のビデオカメラを、ストーカーと風景も一度に映るように調整しようとする。

 一瞬手元を見て、視線をストーカーに移す。

 ――彼は忽然と消えていた。

 尾花さんは先ほどと変わらずに歩いている。無事なようでほっとする。
 しかし辺りを見回しても、やはりいない。ぱっ、と消えてしまった。
 どんなトリックだ?

 向こうも同業者か何かで、尾行がばれていたとか?
 それにしても、こちらを見る素振りもなく撮影に気付いて一瞬で姿を消すなんてあり得るだろうか。

「……ただ者じゃないな」
 単なるストーカーではないかも知れない。正体も目的も掴めなかった。

 僕は尾花さんに事のいきさつを話して家まで送った。
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