探偵さんの、宝物
「ああ、面白かった!」
 私はパンフレットを胸に抱いて、うっとりと言った。

 私たちは映画を観たあと、同じビルの中のカフェで感想を話し合っていた。
 ガラス張りで明るく、行き交う人々と近代的な街並みが見える。壁にはお洒落な本がディスプレイされていて、自由に読めるようになっていた。

「凄い展開の連続でしたね」

 楓堂さんは頷く。
 今日の彼はきっちりとした服装で、普段見ないバーガンディの艶やかな革靴を履いている。
 格好良くて、新鮮で。
 「ああ、今日はプライベートなんだな」と実感してドキドキした。

 探偵は仕事の時は足音のする革靴やパンプスは履かない、らしい。
 私達も変装がスーツの時などは、一見そういう風に見えるスニーカーを履いている。

「ね! 二人がパーティに潜入するところとか、好きでした!」
「口紅型拳銃、出てきましたね。あれ、実際にあるらしいですね」
「え、そうなんですか?」

 取り留めのない会話をしているだけで、楽しかった。
 楓堂さんといると、いつも笑っている気がする。
 フラワーショップの店員をしていた時とは違って、自ずと頬が持ち上がっていた。

「……あんな風に、ピンチに丁度良く駆け付けられたらいいんですけどね」
 彼はぽつりと呟いた。

「え……?」
 私は驚いて彼の方を見た。
「あ」
 楓堂さんは口元に手をあてた。自分が言ったことに驚いているみたいだった。

 ……それは、ヒーローがヒロインを助けたあのシーンのことかな。
 二人の想いが通じ合い、キスをした、あの場面。

 ――楓堂さんがピンチを救いたいのって、誰のこと?



 彼は姿勢を正し、すっと息を吸って、言った。

「仕事終わりは尾花さんをお送りしてますが、犯人はいつ行動に出るか分からないですからね。
 いつでも貴女を守れたら良いのですが」

 ――私のこと、だった。

 胸の中がざわついた。心が乱れて仕方なかった。
 期待とか希望とか喜びや戸惑いが底の方から溢れてきて、今すぐに立ち上がって逃げ出したい衝動に駆られていた。

「あ、ありがとうございます?」

 彼の視線を感じる。
 でもどんな顔をしているのかは分からない。
 私は真っ赤で、顔を上げられなかったから。
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