探偵さんの、宝物
カフェを後にし「行きたい場所があるんです」と言う楓堂さんに連れられるまま歩いた。
そのうちに、彼がどこに向かっているのか、段々と見当がつき始めた。
「覚えていますか? この場所」
川沿いの桜並木。
水面は空色を映し、ソメイヨシノの葉は控えめに、黄色、朱色、赤に色づいている。
「もちろんです」
十七年前の夏の日に、すばる君の宝物を取り返して、二人で逃げてきた場所だった。
その次の年も、またその次の年も二人で待ち合わせた場所だ。
楓堂さんはさわさわ鳴る梢を見上げながら歩いている。
「出会ってから四年目の夏休み、何も言わずに来なくなり、すみませんでした。
祖父の具合が悪くなって、東京に遊びに来る機会が無くなってしまったんです」
あの時の私は、なんの疑いもなく、例年と同じ日付の同じ時間にこの場所に来た。
毎年会える気がしていた。
すばる君が来るのをずっと待っていて熱中症になったのは内緒だ。
「仕方ないですよ。
……淋しくはありましたけどね」
私はそのことを『すばる君も成長して女の子と遊ぶことは無くなったんだな』と解釈していた。
その日の夜は少しだけ泣いた。
そして月日と共に忘れていった。
「貴女ともう一度、ここに来たかったんです」
彼は眩しそうに笑った。
「私も……またあなたと想い出の場所に来られて嬉しいです」
かつて駆け回った道をゆっくりと散策し、見下ろしていた横顔を見上げている。
それが嬉しかった。
「秋の桜並木も、綺麗ですね」
「桜の紅葉は、桜紅葉とも言われるんですよ」
「へぇ、確かに、紅葉のような見事な色ですね」
一度、会話が途切れた。
風が吹き、枝がしなり、桜紅葉が舞い散る。
さざ波のような音に包まれる中、楓堂さんは優しく私を見つめて言った。
「尾花さん、僕は貴女に、ずっと伝えたかったことがあります」
――しかし私は、道の先に見えた人影に、視線を縫い付けられていた。
端に設置されたベンチに、一人の男性が座っている。