探偵さんの、宝物
 ガチャ、と玄関のドアが開く音。

「探偵さん、野菜持ってきたけど、いりますかね?」

 無情な音と声。
 僕は正気に戻った。

 そう言えば今は、健全で爽やかな朝の時間帯だった。

「……いたずらは、これくらいにしておきます」
「……はい」

 頬を林檎のようにして、惚けたような顔の彼女をその場に残して玄関に向かう。
 猫の件のお婆さん、佐々木さんが篭に入った蕪と小振りな南瓜を持って立っていた。

 たまに家庭菜園の野菜を持ってきてくれるのだが、彼女はいつもインターホンを押してくれない。


 ***


 その日の夜。
 貰ったお菓子を食べようとして箱を開けると、中にカードが入っていた。

『楓堂さん、いつもありがとうございます』

 丸みを帯びた文字でそう書かれていた。
 二重のいたずらだった。

「完敗だ」

 僕は唸る。
 ここ数年で最高の誕生日だと思った。



 チョコレートはカカオの良い香りがしてほろ苦く、とろりと甘かった。
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