探偵さんの、宝物
「え?」
 彼女はきょとんとしている。

 ――尾花さんに先にいたずらされたことでハードルが下がり、僕の中では邪な考えが鎌首をもたげていた。


「こちらもお返しさせていただきます。
 トリックオアトリート、です」


 僕はお菓子の箱を持ち上げ、にっこりと笑顔で言った。

「えっ! 今お菓子あげましたよ?」
 彼女は慌てて抗議する。

「それはそれ、これはこれです。
 これはもう僕のものですから」

 尾花さんは僕のお菓子に手を伸ばそうとするが、ひょい、と持ち上げるともう彼女には届かない高さになる。
 サイコキネシスで取ろうとしても、力で負けることはない。

 僕はこの状況に優位性を感じ、自分の中の加虐心が増すのを感じた。

「ええ? そんな……。
 もう持ってないですよ?」

 尾花さんは困ったように眉尻を下げる。
 僕は箱を机に置き、彼女に向き直る。

「じゃあ、いたずらですね」

 二歩、素早く距離を詰めた。

「え? ……え?」

 戸惑うように震える瞳を見つめる。
 彼女はじりじりと後ずさった。
 その分僕は攻める。

 やがて彼女の背中は、壁に辿り着いた。

「楓堂、さん?」

 今まで優しく、穏やかに接しようと我慢していた。
 しかしこのところずっと、告白しようとする度に邪魔が入り続けている。
 ――散々溜まってるんだ。フラストレーションって奴が。

 僕は彼女の顔の横に左腕を突く。

「尾花さん、目を瞑ってください」
「えっ」

 見開かれ、僕だけを映す双眸に、満たされた気分になる。

 ――昨日、僕が尾花さんを守りたいと言った時。
 彼女はまんざらでもない態度をした。

 ……ひどく飢えた状態で目の前に甘い物を差し出されたら、誘惑に負けるのも仕方ないことだと思うんだ、僕は。

 屈んで、彼女の耳元に唇を寄せた。

「嫌、ですか?」

 囁くと、彼女はびくりと反応し、小さな声を漏らした。
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