探偵さんの、宝物
「ふふ、探偵さんってすごいんですね?」
花を置いて名刺を受け取り、私も小声でいたずらっぽく笑って言い返す。
楓堂さんは暫くの間私を見つめ、その後に少し目を細めた気がした。
さっきの言い方なら本当の理由は別にあるんだろう。こちらが覚えていないだけで、どこかで会ったことがあるとか。
「や、今はそういう事にしておいて下さい。
……ちょっと失礼します」
彼は私の持っている名刺に手を伸ばした。長い指が私の指に触れそうになり、どきりとする。
その手は名刺を裏返すように促していた。
裏面には事務所の住所や事業内容が印字されている。浮気調査、素行調査、所在調査、家出人捜索、ストーカー対策、その他調査業務……。
そしてその名刺の上に、メモが一枚重ねられていた。渡された時からあったらしい。
「え……」
その内容に驚き、思わず声を漏らした。
『お礼にお食事でもいかがですか?
お話ししたいことがあります』
最後にSNSのIDが添えられている。
反射的に、断ろうと思った。
お礼で食事って……そんなこと現実にある?
かと言ってこんなイケメンが私なんかを女性として誘うわけないし。彼女いる、絶対。
この『お話し』ってなんだろう。やっぱり、私の力について? その話はあまりしたくないし、嘘をつくのも面倒だ。
……でも。それなら『お話したいこと』じゃなくて『お聞きしたいこと』って書くんじゃないだろうか。
探偵さんが話したいことって……何?
「あ、お仕事中なのに話し掛けてしまい、すみませんでした。……そうだ、家に飾る花を買っていこうかな」
私が考えていると、彼は返事を待たずにレジ近くの切り花を見に行ってしまった。
こちらも慌てて名刺をしまい、レジにつく。
結局何も言えないまま、楓堂さんはご自宅向け秋の切り花セットを一つ買って帰っていった。
「今の人知り合い?
桔梗の寄せ植え、持ってきたね」
ドアが閉まるとすぐに店長が身を乗り出して聞いてきた。
「あ、えーと。あの方とは昨日会ったばかりです。
……実は、昨日は訳あって母に渡せませんでした」
「へ? 昨日会ったばかりの人?
てっきり彼氏の家に忘れてきたとかそういう話だと思ってた」
「全く違います。……色々と事情があるんです」
「色々って何よ……。
分かんなすぎて気になるなぁ」
店長はしきりに首を捻っていたけど、それ以上は聞いてこなかった。
そんな彼の手元では、アキイロアジサイと白薔薇を葉ものでまとめあげた清楚なアレンジメントが仕上げ段階に入っている。
「素敵ですね、それ」
「いいでしょ? レストランからのご注文なんだ」
「へぇ……」
レストラン、かぁ。
……どうしようかな、本当に。
結論が出ないまま、私は掃除を再開する。
窓の向こうに見えるのは、ごく平和で平凡な、晴れた平日の街の風景。
私は終業まで何度も、紅葉の名刺が入ったポケットに手をあてた。
花を置いて名刺を受け取り、私も小声でいたずらっぽく笑って言い返す。
楓堂さんは暫くの間私を見つめ、その後に少し目を細めた気がした。
さっきの言い方なら本当の理由は別にあるんだろう。こちらが覚えていないだけで、どこかで会ったことがあるとか。
「や、今はそういう事にしておいて下さい。
……ちょっと失礼します」
彼は私の持っている名刺に手を伸ばした。長い指が私の指に触れそうになり、どきりとする。
その手は名刺を裏返すように促していた。
裏面には事務所の住所や事業内容が印字されている。浮気調査、素行調査、所在調査、家出人捜索、ストーカー対策、その他調査業務……。
そしてその名刺の上に、メモが一枚重ねられていた。渡された時からあったらしい。
「え……」
その内容に驚き、思わず声を漏らした。
『お礼にお食事でもいかがですか?
お話ししたいことがあります』
最後にSNSのIDが添えられている。
反射的に、断ろうと思った。
お礼で食事って……そんなこと現実にある?
かと言ってこんなイケメンが私なんかを女性として誘うわけないし。彼女いる、絶対。
この『お話し』ってなんだろう。やっぱり、私の力について? その話はあまりしたくないし、嘘をつくのも面倒だ。
……でも。それなら『お話したいこと』じゃなくて『お聞きしたいこと』って書くんじゃないだろうか。
探偵さんが話したいことって……何?
「あ、お仕事中なのに話し掛けてしまい、すみませんでした。……そうだ、家に飾る花を買っていこうかな」
私が考えていると、彼は返事を待たずにレジ近くの切り花を見に行ってしまった。
こちらも慌てて名刺をしまい、レジにつく。
結局何も言えないまま、楓堂さんはご自宅向け秋の切り花セットを一つ買って帰っていった。
「今の人知り合い?
桔梗の寄せ植え、持ってきたね」
ドアが閉まるとすぐに店長が身を乗り出して聞いてきた。
「あ、えーと。あの方とは昨日会ったばかりです。
……実は、昨日は訳あって母に渡せませんでした」
「へ? 昨日会ったばかりの人?
てっきり彼氏の家に忘れてきたとかそういう話だと思ってた」
「全く違います。……色々と事情があるんです」
「色々って何よ……。
分かんなすぎて気になるなぁ」
店長はしきりに首を捻っていたけど、それ以上は聞いてこなかった。
そんな彼の手元では、アキイロアジサイと白薔薇を葉ものでまとめあげた清楚なアレンジメントが仕上げ段階に入っている。
「素敵ですね、それ」
「いいでしょ? レストランからのご注文なんだ」
「へぇ……」
レストラン、かぁ。
……どうしようかな、本当に。
結論が出ないまま、私は掃除を再開する。
窓の向こうに見えるのは、ごく平和で平凡な、晴れた平日の街の風景。
私は終業まで何度も、紅葉の名刺が入ったポケットに手をあてた。