探偵さんの、宝物
 駅ビルの一階、カラフルなアイシングクッキーがショーケースに並んでいる。
 私たちは商品を見る振りをしていた。

「じゃあ、行こうか」
「うん」

 対象者が店を離れ、エスカレーターに乗ろうとしたので私達も続く。
 今日は手を繋いでいない。
 昨日のあの出来事のあとから、彼はどこかぎこちない。


 今回は男性からの依頼で、奥さんの浮気の証拠を掴んでほしいとのことだった。
 対象者は夕方、自宅マンションを出てしばらく歩き、駅ビルに入った。

 私と年の近い、派手でもない普通の女の人に見えた。
 何人か挟んだ下の段から、後ろ姿を見て考える。

 私には、浮気したいと思う気持ちが理解できないな。されるのも無理だ。

 ……今、楓堂さんと結婚している前提で想像していた。
 夫婦で探偵って、ちょっと良いな、とか。

 なんだか気恥ずかしく、勝手に妄想に登場させられた彼に申し訳ない気持ちになった。



 彼女は二階の店を見始める。
 そこはファッション雑貨のフロア。化粧品やアクセサリー等のショップが並んでいる。
 白く明るい優美な内装。
 歩く度に薔薇の花やジャスミン、ラズベリーや蜂蜜の香りを代わる代わる感じる。

 楓堂さんは調査の前に「尾花さんが居てくれて助かります。女性を尾行するのに僕一人じゃ怪しいですから、通報されるリスクもありますし」と言っていた。
 確かにほぼ女性しかいないフロアに男性一人で長時間居るのは目立つかも知れない。

 対象者はアクセサリーショップで商品を見始めた。

「ちょっと見ていってもいい?」
 こういう場合、彼女役から言うのが自然と思っての台詞だった。
 思い切って私から彼の手を引く。

 私は今日初めてサブのビデオカメラを持たせてもらっている。無理せず、チャンスがあったら撮るだけだけど。
 連携して動けるようにインカムもつけている。

 ――早く一人前になりたい。助けられて守られているままじゃ、ただのお荷物だ。
 私は焦っていた。

「うん、いいよ」
 楓堂さんは少し驚いた顔をした後に頷いた。

 彼は私の手を握り返し、店に入って行く途中、そっと親指で手の甲を撫ぜた。

 ――ああ、もう。だから、そんなことをされると。
 気合も意気込みも雲散霧消して甘ったるい気持ちしか残らないじゃないか。
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