探偵さんの、宝物
 彼女は待ち合わせの時間までウィンドウショッピングをして過ごす気かも知れないし、待ち合わせなんて無いのかも知れない。

 ピアスやネックレス、ヘアアクセサリー等が並んでいる。
 高級志向と言うよりは、カジュアルで普段使いが出来そうな品が多い。
 私にとっては隣の黒スーツにスカーフの上品な販売員さんが立っている店より入りやすい雰囲気で助かった。

 私たちがイヤリングを見ていると、ふんわりとした服を着た販売員さんがにこやかに近付いてきた。

「いらっしゃいませ、奥様へのプレゼントですか?」

 奥様。
 奥様って言われた。

 ……夫婦に見えるの?
 いや、そう見えてるのが演技として成功なんだけど、ストレートに言われると動揺する。

「ええ、誕生日なんです」
 楓堂さんは照れたような笑顔で言った。
 演技なのか本当に照れているのかは分からなかった。

 接客を素気無く断るのも目立つので、店員さんの質問に答えていたら、いつの間にかお勧めの品を見繕ってくれることになっていた。

 店員さんが商品を見ている間に、私は気になっていたこと聞いてみることにした。
 繋いだ手を引っ張ると、楓堂さんは上半身を横に傾けてくれたので、私は小声で耳打ちする。

「そう言えば、昴君の誕生日っていつだっけ?」
「実は、昨日だった。十月三十一日」
「えっ」

 私は後悔した。もっと早く聞いておけば良かった。
 知っていればお祝いできたのに。

「お客様、こちらはいかがでしょう?」
 店員さんはトレイにイヤリングを三種類載せて私たちに見せた。
 適当に答えているうちに、私は秋冬に合うイヤリングが欲しいことになっていた。

 ベージュのタッセル、薔薇のモチーフ、一粒コットンパール。

「結月はどれが好き?」
 楓堂さんが聞く。
 本当に買い物に来た訳では無いのに、私はその中の一つに心惹かれていた。

「これ、シンプルで素敵だと思う」

 金色の華奢なリングに下げられた、コットンパールのイヤリング。
 真っ白ではなく、暖かみのある黄色がかった色。てらてらとした味のある質感。
 他の物より断然軽かった。耳に付けても痛くならないだろう。

「どうぞ、お試しください」
 販売員さんに促されるままに、付けてみる。
 差し出された鏡を見ると、パールはリングの先でふるふると揺れていた。

「似合ってるよ」

 楓堂さんが、優しい目をして言う。

 まただ。
 それがお世辞でも、設定上の演技でも。
 短い台詞と笑顔一つで私はふにゃふにゃにされた。
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