きみこえ
夏華音


「はあっ、はあっ」

 夏輝は息を切らしながら走っていた。
 浴衣が汗で張り付き、上半身ははだけて乱れ、走りにくいのも構わず少女を探した。
 大声で呼ぼうにも、少女は耳が聞こえない。
 手段は自分の足で探すしかなかった。
 手をずっと離さなければ良かったと夏輝は後悔した。

「はあっ、どこに行ったんだ?」

 単純に、人混みの先に行けば居るのかとも思ったが、川沿いには少女の姿は見えなかった。
 夏輝はふと、途中で人混みから外れ道に迷っているのではないかと推測した。
 川沿いから道を引き返していると、途中に小さな小道がある事に気が付いた。
 その道の先には階段を上ると小さな神社がある事を思い出した。

「まさか・・・・・・」

 夏輝は嫌な予感がしてその階段を一気に駆け上った。
 そしてその予感は的中した。
 少女は人気の無い神社で三人の男に囲まれていた。

「おい、暴れるなって」

「今からお兄さん達が気持ちいい事してあげるからさあ」

 少女はガラの悪い大人の男に手を掴まれ、少女は震えながらも必死に抵抗していたが力が敵わず逃げ出せずにいた。
 恐らく、無理やりここまで連れてこられたのだろう。

「ほら、嫌なら嫌って言わないと~」

「アハハハハ、嫌って言わないならこれ同意って事だよね?」

 そんな下衆(げす)な会話が聞こえ、汚らわしい手が少女の胸元へと伸びるのを見て夏輝はキレた。

「テメェら・・・・・・そいつを離せ!」

 手に持っていた袋を全て地に置き、眉間に皺を寄せ、目を鋭くさせ、拳に力を込め、どすの利いた声でそう言った。

「ん? なんだぁ? いいとこなんだから邪魔すんなよな」

「おい、相手は一人だ、やっちまおうぜ」

 三人のうち二人が前に出て、一人は少女を羽交い締めにしていた。

「言っとくけど、俺はボクシング経験者だし、そいつは空手の有段者だからな。泣いて謝るなら今の内だぜ?」

 そう言うのを聞いて、夏輝は口角を上げ、構えをとった。

「上等だ、かかって来いよ!」

 男達は威勢良く殴りかかった。

「正当防衛その(いち)!」

 夏輝は男の腕を掴むとその勢いを利用して投げつけた。

「うわぁっ!」

「正当防衛その二!」

 そして横からやって来るもう一人も拳を掌で受け止め腹を蹴りつけると相手は三メートル程飛ばされ地に転がった。

「ううっ、つえぇ・・・・・・」

「おい、相手は一人だろ、何してんだよ」

 少女を羽交い締めにしていた男がそう言うと夏輝は一気に駆け男の背後に立ち、男の口を塞いだ。

「今から、ボッコボコにしちゃうけど、いいよなぁ?」

 夏輝は悪魔の様な顔でそう言った。

「ンーー、ンーーーーーッ!」

 男の顔には恐怖の色が出ていた。
 必死に何かを訴えようとしていたが、それは言葉にならなかった。
 もし、男が腹話術でも使えれば話は別だっただろう。

「んん? 何だって? 嫌ってちゃんと言わないとー、同意って事でいいんだよなぁ?」

 男は少女を解放すると夏輝の手を引き剥がし言った。

「わ、悪かった! 助けてくれ!」

「お、おい、あの赤髪、噂の夏鬼じゃねえか? 関わるとヤバイって!」

「おい、逃げようぜっ!」

 男達は血相を変えて走り去っていった。

「なんだよ、もうおしまいか? 口ほどにもねぇ。おい、大丈夫だったか?」

 夏輝が振り返ると少女は夏輝の胸に顔をうずめた。

「おわっ」

 急な事に夏輝はドギマギし、手をあたふたと振った。
 きっと怖い思いをしたのだろうと夏輝は慰める様に少女の頭を撫でた。
 暫くして少女は夏輝から離れると【助けてくれてありがとう】とスケッチブックに書いて見せた。

「おう、もう大丈夫だ。もう、一人にはさせねえから」

 そう言うと少女はじわりと目に涙を浮かべ、夏輝は何かまずい事を言っただろうかと焦った。

「ど、どうした!?」

【屋台の食べ物、全部落としちゃった】

「そっちかよ!」

 少女は男達に無理やり連れてこられている内に買った物を落としてしまっていた。

「はあ・・・・・・、俺の分やるから泣くなよ」

 そう言って地面に置いていた袋を持ち上げると体の中心から揺さぶられるような大きな音が響いた。
 夏輝はその音に驚き空を見ると大きな花火が夜空に打ち上がっていた。

「花火か! もう始まったのか」

 少女は音には気が付かなかったが、火薬の香りがし、夏輝につられて空を見上げた。
 大輪の花が咲いては散り、咲いては散り、その美しさと儚さに少女は見入っていた。
 夏輝はそんな少女の横顔を見つめていた。
 涙はいつの間にか引っ込み、赤や黄色、オレンジや緑等鮮やかな光が少女の顔を照らしていた。
 綺麗だ・・・・・・。
 純粋に夏輝はそう思った。
 そう思うと同時に寂しさが襲った。
 この花火が終わればお祭りも終わってしまう。
 別れはすぐそこに、そして確実にやってくる。
 もっとずっと一緒に居られれば、この花火が永遠に続けば・・・・・・、そんなありえない考えさえ浮かんできた。
 この感情を、何と呼ぶのか・・・・・・。

「ああ・・・・・・そうか」

 ふと、視線を感じたのか少女は夏輝の方を向いた。

「好きだ」

 少女と目が合った瞬間、夏輝はそう呟いた。

「っ・・・・・・!」

 口に出してしまった事にハッとして夏輝は自分の口に手を当てた。
 聞かれてしまっただろうか、いや、声は聞こえない筈だと夏輝は頭の中で自問自答した。
 だが、読唇術で分かってしまったのではないだろうかと悶々とした考えが巡り、考えれば考えるほど顔が赤くなっていった。
 心臓の鼓動が煩い・・・・・・花火の音よりも。
 少女は暫くの間、無表情に近い顔で夏輝を見ていたが、スケッチブックを手に取り何かを書き出した。

【私も】

「え!?」

 少女の書いた文字を見て、夏輝はまさかと目を疑った。
 闇夜の中、花火の光に照らされたスケッチブックをよく見た。

【私も花火好き】

 スケッチブックにそう書かれている事が分かり、夏輝は力が抜けその場にへたり込んだ。

「なんだよ、もう・・・・・・」

 そして夏輝は笑いが込み上げてきた。
 どうしたのかと少女は夏輝の真似をして腰を下ろした。

「ははははっ、やっぱお前と居ると飽きねぇわ」

 そう言って夏輝は少女の頭を撫でた。
 夏輝は楽しそうで、だけれど少し切なげな表情を浮かべていたが、少女にはその理由が分からずにいた。
 そして、最後に今までで一番大きな花火が上がり、祭りの終わりが告げられた。
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