きみこえ
甘々なお仕置き 後編 いつかその手を・・・・・・



 その矢先、時雨はぱっとほのかから離れ、手も最初の時と同じ様に握り直された。
 ほのかは目の前の時雨を見ると、そこにはいつもの余裕のある笑顔があった。

「どう? ドキドキした? カップル達の真似をしてみたんだけど、恋人ごっこの気分になれた?」

 そう言っておちゃらける時雨にほのかはぷうっと頬を膨らませ、右手でポカポカと時雨の胸を叩いた。

「あははは、ごめんごめん、ほのかちゃんがあまりにも可愛くてつい・・・・・・ね?」

 子供だと思ってからかわれた。
 そう思うとほのかは何故だか悲しくなった。



「んー、まだ怒ってる? ほら、お昼ご飯食べて機嫌直して?」

 あれから、ほのかは膨れっ面をして水族館を回っていた。
 どれだけお仕置きされようとも動揺すまいと心に決めたくらいだった。

「ほら、ここのカレー美味しいらしいよ?」

 目の前に差し出されたカレーを一目見て、ほのかは表情を変えた。
 そのカレーはライスがイルカの形になっており、トッピングにはイカリングやタコさんウィンナー、ヒトデをモチーフにしたニンジン、カレーの中にもエビやホタテなどふんだんにシーフードが使われていた。
 見た目の可愛らしさと豪華さにほのかはスマホで写真を撮りまくった。
 今度陽太達にも写真を見せようと思ったのだ。

「スマホ、使いこなしてるね」

 ひとしきり写真を撮り終えると、ほのかは時雨からスケッチブックを借り【いただきます】と書いた。
 ほのかはスプーンを取り、崩すのが勿体ないと思いつつ、可愛いイルカのライスを軽くほぐし、カレーソースと半々のバランスでスプーンにすくい口に運んだ。
 そのカレーを食べるとほのかは目を輝かせた。
 辛い物が苦手な子供でも食べやすいほど良いスパイシーさに、長時間炒めたと思われる玉ねぎの甘みがカレーの深みのある味を引き出していた。
 ほのかはスプーンを置き、ペンを取り出した。

「はいはい、スケッチブックね」

 差し出されたスケッチブックにほのかは思うがまま文字を書いた。

【これぞ海賊王が探し求めた秘宝!】

「・・・・・・それは違う気もするけど、機嫌が直ったみたいで良かったよ」

 時雨は何を食べているのかと見ると、左手でも食べやすいようにクレープを食べていた。
 具はなんだろうと見ると、アボカドとエビとレタス、それからチーズが挟まれたものだった。
 ほのかはつい物欲しそうな顔でそれを見ていると、時雨がくすりと笑った。

「一口、食べてみる? 間接キスになっちゃうけど」

 時雨はそう言って食べかけのクレープを差し出した。
 ほのかの頭に間接キスというフレーズに羞恥心を覚えたが、好奇心がそれを凌駕した。
 恐る恐るクレープを口にすると、その美味しさに羞恥心というものはどこかに吹き飛んでいってしまった。
 プリプリの新鮮なエビとまろやかでコクのあるアボカド、そして和風のゴマが香るマヨネーズソースがその二つの素材を上手く調和させていた。
 ほのかは再び目を輝かせるとスケッチブックに文字を書いた。

【ここにも海の秘宝が・・・・・・】

「うん・・・・・・、ほのかちゃんが食べたらなんでも海の秘宝になっちゃうんじゃないかな」




 それから楽しい時間はあっという間に過ぎていき、気が付くともう夕刻になっていた。
 驚く事に、時雨のお仕置きは徹底していて、食事の時は勿論、イルカショーを見る時も、北極体験コーナーも、海の生物とのふれあいコーナーですらずっと手を繋いでいた。
 手を離したのは御手洗に行った時だけだった。

「もう、帰る時間だね」

 二人は車を停めている駐車場に戻ってきた。
 水族館はナイトショーもあったが、遠くから来ている為この時間から帰らないと家に着くのが深夜になってしまう。
 ふと、ほのかは足を止めた。
 ほのかの手に引っ張られ、時雨も足を止めほのかに向き直った。

「どうかした? 帰りたくなくなるくらい楽しかった?」

 そう問われてほのかは頷いた。
 だが心のどこかでそれだけではないと感じていた。
 車に乗ってしまえば、もうこのお仕置きは終わってしまう。
 あれだけ手を繋ぐ事を躊躇っていたというのに、今となってはその手を離すのが寂しいと思った。

「それは良かった。僕も久し振りにこういう所に来たからとても楽しめたよ」

 ほのかはペンを取り出すと時雨がスケッチブックを差し出した。

【また、遊びに連れてってくれる?】

 思いもしなかった言葉に時雨は一瞬面食らった。
 そしてすぐにいつもの大人な顔で言った。

「ふふふ、嬉しいな・・・・・・、またデートしたいって事かな?」

 デートという言葉を改めて言われてほのかは赤面した。
 返答に困っていると時雨は笑って言った。

「そうだね、いつかまた・・・・・・ね?」

 そう言って時雨の手がほのかから離れた。
 それは魔法が解けたかの様な瞬間だった。

『いつかまた』

 その時には、またこの手を繋いでくれるだろかと、緋色に染る空を見上げながらそう思った。
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