きみこえ
甘味風雲児



「いやー、持つべき者は頼りになる先輩だな!」

 陽太は嬉々とした表情で言った。
 ほのか達は部室に寄った後、翠から和菓子の仕入れに使えそうな店を紹介してもらえる事になった。

「家の行事等で利用している和菓子屋さんがいくつかありまして、お団子等であればあのお店がいいかと思いましたので」

「本当にありがとうございます。どこから探すかあてもなかったので助かります」

 冬真は翠に深々と頭を下げた。

「いえ、可愛い後輩の為ですから。あと、もし衣装とか必要でしたら古着の着物がいくつか家にありますので差し上げますよ。好きに加工してもらって構いません」

「マジすか! 俺、先輩が今神に見えるんだけど」

「ふふ、大袈裟ですよ」

「なあ、冬真、先輩って実はいいとこの坊ちゃんだったりする?」

 陽太は冬真の肩を組み、ひそひそ話を始めた。

「さあ、良くは知らないが、確かにそんな噂もあるな。家はドーム一つ分の広さの敷地があるとか、家に使用人が百人以上居るだとか・・・・・・」

「それ本当だったらすげーな」

「本人がその辺の事は誰にも言わないみたいだから、その話題には触れない方が良さそうだな」

「だな」

「ああ、皆さん見えてきました。あちらです」

 翠に案内されて歩き続ける事二十分程の所にその店はあった。
 その店に辿り着くと翠以外の三人は唖然とした。
 何故ならば、和菓子屋に良くある様な建物自体は普通だったが、看板は侘び寂びを一ミリも感じられないカラフルな色合いで、今にも落っこちてきそうなバランスで貼り付けられているシマウマやらライオンやらの動物のハリボテがまるで動物園を彷彿とさせ、そして店の名前は『遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは甘味四天王薄』と書かれた所で終わっていた。
 明らかに長すぎて最後の方は段々と字が小さくなり、それでも書ききれていないのが残念で仕方ない店だった。
 そして、極めつけは店のシャッターが閉められ、真ん中には木の板に『自分探しの旅に出ます。ついでに世界一周してくるぜ! 野郎共は絶対に探さないでください。女の子はここに電話チョーダイ』とあり携帯の番号まで書かれていた。

「ふう、やれやれ、またですか・・・・・・」

 翠は溜息混じりにそう言うと、その木の板を剥がし取ると両手で両端を持ち、真ん中から膝でバキリとへし折った。

「せ、先輩? いいんですか?」

 陽太は翠の行動を見て心配そうに言った。

「ああ、個人情報をこんな所で晒すなんて頭どうかしてますよね?」

「それもそうですけど、そうじゃなくて」

 冬真はそう言ってみるも、翠はたんたんと木片を隅に置き、店先に置かれた鉢植えの下から鍵を取り出した。
 その鍵でシャッターを開けると店の引き戸を開け勝手に侵入した。

「冬真、これって俺ら不法侵入かな」

「まあ、そうだろうな。それにしても中は普通なんだな」

 店内は意外なまでに落ち着いた雰囲気の内装で、棚には所狭しと大福や団子、最中や羊羹等定番の和菓子が並んでいた。
 その種類の豊富さにほのかは興味津々な様子で眺めていた。
 店の中ではテーブルやイスもあり、飾られたメニューによるとあんみつやわらび餅、かき氷に抹茶パフェやたい焼きなんかも食べられる様だった。

「薄井さん、いらっしゃいますか?」

 翠は店の奥に向かって呼び掛けた。
 だが、誰も居ないのか返事はなかった。

「・・・・・・甘味四天王のうーすーいーさーん」

 そんなゲームの中ボスの様な肩書きを付けて翠が改めて呼ぶと店の奥からガタガタと音を立てながら背の高い三十代位の男が出てきた。

「はーあーいー」

 その薄井と呼ばれた男の姿を見てその場に居た四人は絶句していた。
 和菓子屋だと言うのにその男はカンフー俳優が着る様な拳法着を着ていた。

「店に勝手に入ってくるのはどこの誰かと思えば露木さんとこの若旦那じゃーん!」

「いやだな薄井さん、若旦那はよしてくださいよ」

「そう? んじゃあっきー、お友達連れてどーしたのよ」

「いきなりフランクになりましたね。今日は後輩が文化祭で茶屋をやるとの事で食材の仕入先を探していまして・・・・・・、ですがこの状態になっていると知っていたら連れてきませんでしたよ」

 翠はげんなりとした様子で言った。

「ええー? 何でよ。折角来たんだしー、ゆっくりしていけって」

 薄井は翠の肩をバシバシと叩きながら言った。

「み、皆さん、すみません、一応紹介しますが彼はこの店の店主、薄井 成平(うすい なりひら)さんです。彼は普段は寡黙で真面目で、本当に普通なんです。ですが、スランプとかになるとこう・・・・・・はっちゃけた人格になりまして・・・・・・」

「はあ・・・・・・、えーと、初めまして春野 陽太です」

「氷室 冬真です。宜しくお願いします」

【月島 ほのかです】

「おうおう、宜しくな。そこのじょーちゃんは筆談かい? 可愛いねー、俺と付き合わない?」

「それはだめだろ」

「それはだめだ」

「それはだめですね」

 陽太達は同時にそう言った。

「なんだよなんだよ、お前ら姫を守るナイトか何かなわけ?」

「月島さんもあの人の言う事は気にしなくていいですからね」

 ほのかは随分と変わった店主だと思いながら翠の言葉に頷いた。

「それにしてもつツイてないですね。まさかスランプになっているとは・・・・・・。食材は他を当たった方が良いかもしれません」

「そ、そうですね! すみません、お邪魔しました」

 厄介な人物には関わらない方が良いと思った陽太は翠の言葉に同調したが、そうはいかなかった。
 帰ろうとした陽太の肩をガッシリと成平が掴んで離さなかった。

「えー、文化祭の食材だろー、俺に協力させろよーー、納品にかこつけてJKとイケナイお戯れがしたいんだよー」

「絶対にやめてください。先生方に言って出禁にしますよ?」

「手厳しーーー!」

 成平のテンションは妙に高く、ほのか達はついていけずにいた。

「どっちにしろスランプなら食材の納品なんて無理じゃないですか」

 付き合いの長い翠は、成平がスランプになるとろくに仕事をしなくなるのを良く知っていた。

「スランプったって、まだ一日目だぜ? 明日から世界一周しようかと思ってたけどさー」

「尚更駄目じゃないですか。酷い時は半年休業しますしね、常連客が泣きますよ? さ、皆さん長居は無用です。他の店を紹介しますね」

 翠や陽太達は店を出ていこうとしたが、ほのかだけがその場に立ち尽くしていた。
 その様子が気になって陽太はほのかの前に回り込んで声を掛けた。

「月島さん、どうかしたの?」

【スランプを解消出来たらいいなと思って】

 ほのかはスランプは苦しく辛いものだと認識していた。
 成平を助ける事が出来ればいいのにとほのかは思った。

「スランプを解消? そうすれば仕入先として使える・・・・・・か」

「まあ確かに、この店が一番学校からも近い、この店が使えるなら色々と都合はいいだろうな」

 陽太と冬真もそういう考えもありなのかもしれないと考えだした。

「皆さんお優しいですね。薄井さん、ところで今回は何のスランプなんですか?」

 店の外へ出ようとしていた翠も引き返し、成平にそう尋ねた。

「聞いてくれるか、ブラザー! それがよー、最近普通の和菓子にも飽きたもんで、話題性のある物を作って活気のある店にしようと思ってな。主に、JKとかJKとか、あとJKを増やしたいんだよな」

「先輩、この人本当に大丈夫ですか?」

 陽太はひっそりと翠に耳打ちした。

「何かあったら容赦なく警察を呼んでください」

「だけどさー、いくら考えても普通の菓子しか思いつかない訳よ。おじさん、想像の泉が枯れ果ててんのよ。だからほのちゃん! 俺に力を貸してくれ! 若い子ウケしそうな菓子ならどんなのがいい!?」

「・・・・・・いきなりあだ名呼びかよ。俺達ですらまだ下の名前を呼んだ事ないのに」

 引き気味に成平を見ながら陽太はそう呟いた。
 そして妙な対抗意識が陽太に生まれ、ほのかの両肩を掴んで自分の方に体を向かせた。

「ほ、ほ、ほほ、ほほほほ・・・・・・」

 陽太は顔を茹でダコのようにさせほのかの名前を呼ぼうとした。

【ホーホケキョ? ウグイス?】

「いや、もうなんでもない」

 陽太はほのかから手を離し、敗北感から床に(うずくま)った。
 そして、翠と冬真と成平は『あー、ヘタレた』と同じ事を思った。
 ほのかは自分ならどんなお菓子が食べたいか考えた。
 そしてスケッチブックに思いのままの事を書いた。

【和と洋のコラボレーション!】

「ほう、和と洋・・・・・・和菓子を使ったケーキとかか? 具体的には?」

 ほのかは更にスケッチブックにペンを走らせた。
 そしてありったけの想像を書き散らした物を成平に見せた。
 それはケーキにどんな素材を使っているかを事細かに記した絵だった。
 一番下には抹茶味のスポンジ、甘味を抑えた餡子の層、その上には和栗を使用したムース、更にそのムースの中には苺を入れ、上からは全体を餅で覆い、紫芋を使用した生クリームでデコレーションをし、ふんだんに和の要素を取り入れたケーキだった。

『おおー・・・・・・あ』

 周りは感嘆の声を上げたが、それはすぐに憐憫の声に変わった。
 ほのかには絵心が皆無でデザインは最悪だったからだった。
 それはどう見てもスライムが炎を浴びて瀕死の状態でもがき苦しんでいる絵にしか見えなかった。
 一言で言えば『グロテスク』だった。
 ほのかも絵を見直すと上手くない事に気落ちした。

「ど、独創的だな」

 冬真は精一杯のフォローを入れたが、効果は薄かった。

「良いじゃねえか! そのケーキ、作ったんぞーー!」

 そう言って成平は店の奥に行き、とてもケーキを作るとは思えない轟音を出し、暫くしてケーキを片手に持ちながら戻ってきた。

「いっちょあがり! さあ、味見しておくれ」

 成平のケーキを見て、皆震撼した。
 そのケーキはほのかの指定した材料だけでなく、見た目すら忠実に再現していたからだった。

「ぐ、グロいな・・・・・・」

「あ、ああ、俺は甘い物は苦手だから遠慮する」

 陽太と冬真はそんな会話をしていたが、先陣を切ったのは勿論ほのかだった。
 ほのかはフォークを手にし、そのケーキの端を切った。
 餅の素材は柔らかく、簡単に切る事が出来た。
 一口分のケーキを口に入れるとほのかは目を見開いたかと思えばすぐにうっとりとした表情をした。
 しっとりとした抹茶のスポンジに、舌触りの良い餡子、甘味のある栗のムースの中に爽やかな苺の酸味が口の中を駆け抜けた。
 ほのかはスケッチブックを手にし、【甘味革命(レボリューション)!】と書いて見せた。

「そんなに美味しいのか・・・・・・」

 陽太は意を決してフォークを手に取り一口食べてみた。

「本当だ、美味い! グロいのに!」

「そうなんですか? 私も味見してみましょう・・・・・・確かに美味ですね! グロいのに」

「あっきーの太鼓判まで貰えたらまちげぇねぇな。ほのちゃーん、俺の嫁にでもならない? 一緒に伝説の菓子を作ろうぜ、毎日菓子食べ放題だぜ! さ、まずはここにケータイの電話番号を書いてくれ」

 成平が上機嫌でそう言うとほのかは毎日お菓子食べ放題と言う言葉にほんの少し心が揺れた。
 翠はほのかの前に出てにこりと笑い、そっと成平に紙を手渡した。

「さ、あなたにお似合いな電話番号です」

「んん、なんだ? ワン、ワン、ゼロ・・・・・・警察じゃねえか! 手厳しーーー!」




「さ、皆さん、文化祭の食材についてお困りだとか。是非私に協力させてください。翠坊ちゃんのお友達さんですし、皆さんにはお世話になりましたので、精一杯お安くさせて頂きます」

 スランプを無事に脱した成平は服をいつもの甚平とエプロン姿に着替え、ガラリと人が変わったように真面目な口調で冬真と食材の値段について商談を始めた。
 その変わり様に翠以外の皆は驚いていたが、話はトントン拍子で進み、文化祭に必要な団子やトッピング類、あんみつ等を格安で用意して貰える事になった。
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