きみこえ
なりきりシスターのお悩み相談室
翠と夏輝のクラスでスイーツを堪能したほのかは翠に頼んで冬真に自分の居場所を連絡してもらった。
すると、数分後冬真が迎えに来た。
「月島さん、先輩達のクラスに来てたんだな。ビックリしたよ、保健室に行ったらもう居なくなってて、上機嫌な保健医が居るだけだったから何かあったのかと思った」
【ごめんなさい、スマホを教室に置き忘れちゃって】
「ふう、先輩も人が悪いですよ、『月島さんは預かった。返して欲しくば・・・・・・』ってメール、誘拐かと思うじゃないですか」
「あはは、つい」
翠はいたずらっ子みたいな顔で笑った。
「それじゃあ先輩、そろそろクラスに戻らないといけないので失礼します」
【ありがとうございました。楽しかったです】
「はい、私達もその内月島さん達のクラスにお邪魔しますね」
ほのかと冬真は翠にぺこりと礼をすると教室をあとにした。
その頃、陽太は書道部の展示場で受付の当番をしていた。
書道部と言っても、実際は漫画研究部や、美術部、文芸部等と合同で会場を使っており、当番の仕事といえば来場者の受付、漫画研究部や文芸部の用意した冊子の販売が主だった。
そして、それは二人一組でする事になっており、陽太の隣にはシスター服でおさげ髪の生徒が座っていた。
鬼とシスター、絵面的には奇妙な組み合わせだった。
当番の仕事はかなり楽で暇だった。
というのも、陽太が当番になった途端、冊子は五分程度で完売してしまい、残りの時間は会場の受付をするだけだったからだ。
陽太目当ての女子もたまに来るが、冊子が売り切れと分かるとすぐに去って行った。
だが、問題といえば陽太の隣の生徒と会話がまったく弾まない事だった。
一言で言えば『気まずい』だ。
「君、今気まずいって思ったでしょ?」
「え!!」
まるで心を読んだかの様な言葉に陽太は図星と言わんばかりに驚いた。
「何で分かったんだという顔をしているね? 驚く事はない、何せシスターだからね、人の心を読むなんて造作もない事だよ」
「は、はあ・・・・・・」
シスターとは心を読むのが仕事だっただろうか?
そもそも文化祭の仮装で本職じゃない筈なのに?
その生徒は今までずっと黙っていたが、口を開くとかなりの変わり者なのかもしれないと陽太は思った。
もしかしたら、あまり生徒が集まらないのはこの生徒が醸し出す異様な空気のせいかもしれないとさえ感じる程だった。
「君、文化祭は楽しいかい?」
陽太はちらと足元の上履きの色を見た。
赤い、という事は二年生だと分かった。
「あ、はい」
「そうか、なら良かった。だが、君のその『あ、はい』には何かを感じる。そう、例えば君は先輩である私に遠慮して、答えとしては可もなく不可もない返事をした。そんなところであろう」
妙に心内を見透かされた様な言葉に陽太はギクリとした。
「ええっと、何か気に障ったのならすみません」
「いや、謝る事はない。それよりも、君が心の底から文化祭を楽しめていない点が気になる。どうだい? 折角こうして束の間の縁が出来たのだ、私にそれを話してはみないか?」
「はあ・・・・・・、それはシスターとして悩みを聞くという事ですか?」
陽太がそう聞くとシスター服の生徒はくすりと笑った。
「ああ、そうそうシスターらしくね。それ以前に退屈だからだけど」
「でもいきなり・・・・・・、そんな人に聞かせる様な話じゃないんで遠慮しておきます」
「ほう? 話さないと言うなら私が勝手に邪推するというのもまた一興だな」
知られたくないのに、近付かれたくないのに、いちいち人の心の中を土足で踏み込んで荒らしていく様なとんでもシスターに陽太は警戒した。
これ以上相手にしていたらろくな事にならない、そんな気がしていた。
「そうだなあ、君、確かかなり人気者だろう? 男女問わずね」
陽太は相槌すらしなかった。
勝手に喋らせておけばその内飽きるだろうと考えたからだ。
「ふむ、見えてきた。見えてきたよ・・・・・・、君、肝心の好きな人と一緒に文化祭を過ごせなくて寂しいと思っているんだろう?」
「ええっ!?」
「お、当たりかな? いや、驚く事はない。私は占いが得意なのだよ。やるかい? タロット占いに八卦占いに姓名判断とか」
「いや、今別に占いとかしてませんでしたよね。あと、別に、その・・・・・・好きな人とかじゃないです。友達です」
そこまで言ってしまって、陽太はしまったと思った。
だが、時既に遅く、取っ掛りを得たシスターは目を光らせた。
「ほう、否定はするがその間が怪しいなぁ。気になる存在と言ったところか」
「な、何で!」
「驚く事はない、私は心理学も趣味としていてね。占いにはつきものだろう? 君みたいなタイプは心の中がダダ漏れ状態だから非常に分かりやすいのだけどね」
もうこれ以上何も喋ってはいけないと陽太は直感した。
話せば話す程墓穴を掘ってしまう。
「君、モテるんでしょ? 噂は色々聞いているよ。告白してくる女子、みーんな断ってるんだって? 贅沢だなー、羨ましい位だよ。あー、でも愛の告白を全部断るって事はさ、あの噂、本当なのかな? 君の相方、氷室 冬真だっけ? 君達はこの本みたいな関係なのかい? うーん、実にけしからん、これは風紀の乱れか? いやしかし、愛とは自由なものだから私は否定しないよ。うん」
「ちっっっっがいますから!! 勝手に納得しないで下さい!!」
陽太は隣の先輩が里穂達が描いたと思われる漫画研究部の薄い冊子を真顔で読んでいるのを見て全力で否定した。
そして、陽太はこの不思議な雰囲気の先輩は話しても話さなくても結局遊ばれると察した。
「そうかい? じゃあ氷室 冬真とは違う気になる男が居るとして」
「何でそこ男なんですか!」
「ほう、じゃあ君、気になる女の子が居ると認めるのだね?」
「ぐっ・・・・・・」
この事情聴取での拷問の様な時間、早く終わればいいのにと思いながら陽太は時計を見たが、残念ながらまだ時間は残っていた。
「もういいですよ、認めますよ。気になる女の子が居るとして先輩には関係ないですよね?」
「そう、君が誰を好いていようと私には微塵も関係のない事だ。だが私は酷く退屈でね、君は暇潰しにはもってこいという訳だ」
「人を暇潰しのオモチャにしないで下さいよ・・・・・・」
「君は誰でも良い訳ではないだろう? 私が君に告白したとしても他の女子と同じ様にバッサリ斬られる筈だ」
先輩は刀を振りかざして斬る真似をしてみせた。
「まあ、そうだと思いますけど・・・・・・、一応聞きますが、先輩俺の事好きなんですか?」
陽太が恐る恐るそう聞くと先輩は嫌悪感をあらわにした顔で吐き捨てる様に言った。
「はあ? 私がか? はっ! 笑える冗談だ。寝言は寝て言いたまえ!」
「ええ、分かってましたよ。聞いた俺がバカでした」
陽太は分かっていたのに聞いてしまった自分を呪った。
「だが、君は毎度思っているはずだ。今告白している女子があの子だったら良かったな・・・・・・とね」
「えっ・・・・・・」
そう言われて、陽太はふと最近の事を思い起こした。
真剣な表情で告白してくる女子達の後ろにちらつく女の子の姿を・・・・・・。
「ほらね? それがその人を好きって事じゃないのか? 君ほどモテる人間なら百戦錬磨だろう、何故足踏みをしている? ほら、話してみたまえよ。ああ、私はシスターだからね、君との会話は口外しないさ。墓場まで持って行ってやる」
先輩は陽太の言葉を無視しマシンガンのごとく喋っていた。
「・・・・・・そんなんじゃないですよ。自分の気持ちがまだ良く分からないんです。そもそも、出会ってからそんなに月日も経っていないし」
「なあ、君! やおいの意味って知ってるかい? やまなし、おちなし、いみなしって意味らしいぞ。この薄い本に出てくる人物達は皆唐突にくんずほぐれつを始めるんだが、君、これをどう思うかね? いやー、実にけしからんよ」
「あの、人に質問しておいて急に違う話始めるのやめて下さい。あとその手の本については詳しくないので意見を求められても困ります。あと、出来ればそれ読むのやめません?」
陽太は変な先輩と話していてかなり疲労を感じた。
シスターに悪魔祓いならぬ鬼退治される気分だった。
しかし、浄化されるというよりは逆にどんどん汚される気持ちではあった。
「ふう、いやね、君が気にかける人物とやらがどんな人物か私は知らないが、ただこの本の人物達とは違うだろう? まあ、こいつらにも本当は馴れ初めやら惚れた腫れたの話もあったはずだが。私が言いたいのはね、世の中に一目惚れという言葉がある様に、一瞬で落ちる恋もあれば、何年、何十年と経って芽吹く恋だってある。つまり、話をジェットコースター並に歪曲して結論を言うならば、人を好きになるのに期間なんて関係ないのだよ。そう、いきなりくんずほぐれつを始めるのではないのだし」
「・・・・・・何かいい事言ってそうなのに、その最後の台詞で全てが台無しですね」
「まあ、私がとやかく言おうと最終的に君の心に答えを出せるのは君だけだ」
そう言って先輩は本を閉じ立ち上がった。
「先輩? どこに行くんですか?」
「ん? ここにずっと居るのも飽きた事だし、・・・・・・そろそろ来る時間だ。それに君の浮かない顔が少しは晴れた気がしたからね。折角の文化祭だ。一人でも笑顔で文化祭を過ごして欲しい、それが私の望みであり役目でもある。さあ、好きなだけ青春を謳歌したまえよ」
「あっ、ちょっと!」
まだ当番の時間は終わっていないはずなのに不思議な先輩はそのままスタスタと廊下を歩いて行ってしまった。
だが、その行動の理由はすぐに分かった。
「すまない、当番の時間に遅れて・・・・・・」
入れ替わりで現れたのは美術部の二年生だった。
「いえ、他の先輩がさっきまで居て大丈夫でした。友達に当番を頼んでたんですか?」
「ええ!? いや、誰にも連絡とかもしてなかった筈だけど・・・・・・」
本当に変で不思議で訳の分からない人だった。
だけれど、本当は良い人なのかもしれない。
陽太は先輩の後ろ姿が既に消えた廊下を見ながらそう思った。
翠と夏輝のクラスでスイーツを堪能したほのかは翠に頼んで冬真に自分の居場所を連絡してもらった。
すると、数分後冬真が迎えに来た。
「月島さん、先輩達のクラスに来てたんだな。ビックリしたよ、保健室に行ったらもう居なくなってて、上機嫌な保健医が居るだけだったから何かあったのかと思った」
【ごめんなさい、スマホを教室に置き忘れちゃって】
「ふう、先輩も人が悪いですよ、『月島さんは預かった。返して欲しくば・・・・・・』ってメール、誘拐かと思うじゃないですか」
「あはは、つい」
翠はいたずらっ子みたいな顔で笑った。
「それじゃあ先輩、そろそろクラスに戻らないといけないので失礼します」
【ありがとうございました。楽しかったです】
「はい、私達もその内月島さん達のクラスにお邪魔しますね」
ほのかと冬真は翠にぺこりと礼をすると教室をあとにした。
その頃、陽太は書道部の展示場で受付の当番をしていた。
書道部と言っても、実際は漫画研究部や、美術部、文芸部等と合同で会場を使っており、当番の仕事といえば来場者の受付、漫画研究部や文芸部の用意した冊子の販売が主だった。
そして、それは二人一組でする事になっており、陽太の隣にはシスター服でおさげ髪の生徒が座っていた。
鬼とシスター、絵面的には奇妙な組み合わせだった。
当番の仕事はかなり楽で暇だった。
というのも、陽太が当番になった途端、冊子は五分程度で完売してしまい、残りの時間は会場の受付をするだけだったからだ。
陽太目当ての女子もたまに来るが、冊子が売り切れと分かるとすぐに去って行った。
だが、問題といえば陽太の隣の生徒と会話がまったく弾まない事だった。
一言で言えば『気まずい』だ。
「君、今気まずいって思ったでしょ?」
「え!!」
まるで心を読んだかの様な言葉に陽太は図星と言わんばかりに驚いた。
「何で分かったんだという顔をしているね? 驚く事はない、何せシスターだからね、人の心を読むなんて造作もない事だよ」
「は、はあ・・・・・・」
シスターとは心を読むのが仕事だっただろうか?
そもそも文化祭の仮装で本職じゃない筈なのに?
その生徒は今までずっと黙っていたが、口を開くとかなりの変わり者なのかもしれないと陽太は思った。
もしかしたら、あまり生徒が集まらないのはこの生徒が醸し出す異様な空気のせいかもしれないとさえ感じる程だった。
「君、文化祭は楽しいかい?」
陽太はちらと足元の上履きの色を見た。
赤い、という事は二年生だと分かった。
「あ、はい」
「そうか、なら良かった。だが、君のその『あ、はい』には何かを感じる。そう、例えば君は先輩である私に遠慮して、答えとしては可もなく不可もない返事をした。そんなところであろう」
妙に心内を見透かされた様な言葉に陽太はギクリとした。
「ええっと、何か気に障ったのならすみません」
「いや、謝る事はない。それよりも、君が心の底から文化祭を楽しめていない点が気になる。どうだい? 折角こうして束の間の縁が出来たのだ、私にそれを話してはみないか?」
「はあ・・・・・・、それはシスターとして悩みを聞くという事ですか?」
陽太がそう聞くとシスター服の生徒はくすりと笑った。
「ああ、そうそうシスターらしくね。それ以前に退屈だからだけど」
「でもいきなり・・・・・・、そんな人に聞かせる様な話じゃないんで遠慮しておきます」
「ほう? 話さないと言うなら私が勝手に邪推するというのもまた一興だな」
知られたくないのに、近付かれたくないのに、いちいち人の心の中を土足で踏み込んで荒らしていく様なとんでもシスターに陽太は警戒した。
これ以上相手にしていたらろくな事にならない、そんな気がしていた。
「そうだなあ、君、確かかなり人気者だろう? 男女問わずね」
陽太は相槌すらしなかった。
勝手に喋らせておけばその内飽きるだろうと考えたからだ。
「ふむ、見えてきた。見えてきたよ・・・・・・、君、肝心の好きな人と一緒に文化祭を過ごせなくて寂しいと思っているんだろう?」
「ええっ!?」
「お、当たりかな? いや、驚く事はない。私は占いが得意なのだよ。やるかい? タロット占いに八卦占いに姓名判断とか」
「いや、今別に占いとかしてませんでしたよね。あと、別に、その・・・・・・好きな人とかじゃないです。友達です」
そこまで言ってしまって、陽太はしまったと思った。
だが、時既に遅く、取っ掛りを得たシスターは目を光らせた。
「ほう、否定はするがその間が怪しいなぁ。気になる存在と言ったところか」
「な、何で!」
「驚く事はない、私は心理学も趣味としていてね。占いにはつきものだろう? 君みたいなタイプは心の中がダダ漏れ状態だから非常に分かりやすいのだけどね」
もうこれ以上何も喋ってはいけないと陽太は直感した。
話せば話す程墓穴を掘ってしまう。
「君、モテるんでしょ? 噂は色々聞いているよ。告白してくる女子、みーんな断ってるんだって? 贅沢だなー、羨ましい位だよ。あー、でも愛の告白を全部断るって事はさ、あの噂、本当なのかな? 君の相方、氷室 冬真だっけ? 君達はこの本みたいな関係なのかい? うーん、実にけしからん、これは風紀の乱れか? いやしかし、愛とは自由なものだから私は否定しないよ。うん」
「ちっっっっがいますから!! 勝手に納得しないで下さい!!」
陽太は隣の先輩が里穂達が描いたと思われる漫画研究部の薄い冊子を真顔で読んでいるのを見て全力で否定した。
そして、陽太はこの不思議な雰囲気の先輩は話しても話さなくても結局遊ばれると察した。
「そうかい? じゃあ氷室 冬真とは違う気になる男が居るとして」
「何でそこ男なんですか!」
「ほう、じゃあ君、気になる女の子が居ると認めるのだね?」
「ぐっ・・・・・・」
この事情聴取での拷問の様な時間、早く終わればいいのにと思いながら陽太は時計を見たが、残念ながらまだ時間は残っていた。
「もういいですよ、認めますよ。気になる女の子が居るとして先輩には関係ないですよね?」
「そう、君が誰を好いていようと私には微塵も関係のない事だ。だが私は酷く退屈でね、君は暇潰しにはもってこいという訳だ」
「人を暇潰しのオモチャにしないで下さいよ・・・・・・」
「君は誰でも良い訳ではないだろう? 私が君に告白したとしても他の女子と同じ様にバッサリ斬られる筈だ」
先輩は刀を振りかざして斬る真似をしてみせた。
「まあ、そうだと思いますけど・・・・・・、一応聞きますが、先輩俺の事好きなんですか?」
陽太が恐る恐るそう聞くと先輩は嫌悪感をあらわにした顔で吐き捨てる様に言った。
「はあ? 私がか? はっ! 笑える冗談だ。寝言は寝て言いたまえ!」
「ええ、分かってましたよ。聞いた俺がバカでした」
陽太は分かっていたのに聞いてしまった自分を呪った。
「だが、君は毎度思っているはずだ。今告白している女子があの子だったら良かったな・・・・・・とね」
「えっ・・・・・・」
そう言われて、陽太はふと最近の事を思い起こした。
真剣な表情で告白してくる女子達の後ろにちらつく女の子の姿を・・・・・・。
「ほらね? それがその人を好きって事じゃないのか? 君ほどモテる人間なら百戦錬磨だろう、何故足踏みをしている? ほら、話してみたまえよ。ああ、私はシスターだからね、君との会話は口外しないさ。墓場まで持って行ってやる」
先輩は陽太の言葉を無視しマシンガンのごとく喋っていた。
「・・・・・・そんなんじゃないですよ。自分の気持ちがまだ良く分からないんです。そもそも、出会ってからそんなに月日も経っていないし」
「なあ、君! やおいの意味って知ってるかい? やまなし、おちなし、いみなしって意味らしいぞ。この薄い本に出てくる人物達は皆唐突にくんずほぐれつを始めるんだが、君、これをどう思うかね? いやー、実にけしからんよ」
「あの、人に質問しておいて急に違う話始めるのやめて下さい。あとその手の本については詳しくないので意見を求められても困ります。あと、出来ればそれ読むのやめません?」
陽太は変な先輩と話していてかなり疲労を感じた。
シスターに悪魔祓いならぬ鬼退治される気分だった。
しかし、浄化されるというよりは逆にどんどん汚される気持ちではあった。
「ふう、いやね、君が気にかける人物とやらがどんな人物か私は知らないが、ただこの本の人物達とは違うだろう? まあ、こいつらにも本当は馴れ初めやら惚れた腫れたの話もあったはずだが。私が言いたいのはね、世の中に一目惚れという言葉がある様に、一瞬で落ちる恋もあれば、何年、何十年と経って芽吹く恋だってある。つまり、話をジェットコースター並に歪曲して結論を言うならば、人を好きになるのに期間なんて関係ないのだよ。そう、いきなりくんずほぐれつを始めるのではないのだし」
「・・・・・・何かいい事言ってそうなのに、その最後の台詞で全てが台無しですね」
「まあ、私がとやかく言おうと最終的に君の心に答えを出せるのは君だけだ」
そう言って先輩は本を閉じ立ち上がった。
「先輩? どこに行くんですか?」
「ん? ここにずっと居るのも飽きた事だし、・・・・・・そろそろ来る時間だ。それに君の浮かない顔が少しは晴れた気がしたからね。折角の文化祭だ。一人でも笑顔で文化祭を過ごして欲しい、それが私の望みであり役目でもある。さあ、好きなだけ青春を謳歌したまえよ」
「あっ、ちょっと!」
まだ当番の時間は終わっていないはずなのに不思議な先輩はそのままスタスタと廊下を歩いて行ってしまった。
だが、その行動の理由はすぐに分かった。
「すまない、当番の時間に遅れて・・・・・・」
入れ替わりで現れたのは美術部の二年生だった。
「いえ、他の先輩がさっきまで居て大丈夫でした。友達に当番を頼んでたんですか?」
「ええ!? いや、誰にも連絡とかもしてなかった筈だけど・・・・・・」
本当に変で不思議で訳の分からない人だった。
だけれど、本当は良い人なのかもしれない。
陽太は先輩の後ろ姿が既に消えた廊下を見ながらそう思った。