きみこえ
X'mas if 前編 この聖夜に奇跡を・・・・・・



 煌びやかな灯りと鮮やかな装飾、至る所で賑やかな曲が流れ、誰もが心躍る祝福の日の街中で、そんな一大イベントの日にもアルバイトに(いそ)しむ男が居た。

「らっしゃいませーー!」

 男はサンタ服に身をやつし、帽子からは赤い髪をはみ出させ、耳には複数のピアスをし、ケーキ屋の店先で両手にハンドベルを持ち、それをこれでもかと言わんばかりに鳴らしまくっていた。

「ちょっとこれはどういう事だい!?」

 店の奥から大声でわめきながら出てきたのはケーキ屋の店長、薄井 蜜香(うすい みつか)だった。
 蜜香は陽太達が文化祭で世話になっていた和菓子屋の店主、薄井 成平の姉でもあった。

「何って、客寄せ?」

「あんたバカかい? こんなにやかましくベルを鳴らしやがって、みーんな逃げるに決まってんだろうが! そもそも、誰だい? あんたみたいな奴雇ったのは!」

「あ、本田が昨日急に彼女が出来たって言い出して、今日もデートするからってピンチヒッターで代わった天草 夏輝です」

 夏輝が代理を引き受けたのは勿論友人の為であったが、短期のバイトという事もあり、バイト代が高いのが決め手でもあった。

「何ぃ! そりゃ知らない筈だわ! あたしの雇った本田君はあんたみたいに真っ赤な髪じゃなくて真面目な黒髪の好青年だったもの。そう、彼女がねぇ・・・・・・、ちきしょうめ! ()ぜろリア充! 何が悲しくてクリスマスにケーキを売らにゃならんのよ! 一年で一番儲かるからよ! あたしだってクリスマスデートしたいわ、あたしの人生ケーキ屋選んだ時点で無理って分かってるけど。でもね、せめてこの千個のケーキが早く売れればその分早く店が閉められるからデートも出来るかもしれないってのに、まだ一個も売れてないじゃないさ! そもそもね、あんたみたいな赤髪! ピアス! その人相! 客が寄り付かないのよ! だからあんたクビ!」

 まるで機関銃の様に喋り続ける蜜香の話を夏輝は黙って聞いていた。
 しかし、あまりの早口で半分は聞き流していた。

「いや、クビは困るんすけど。俺はこー見えて真面目に・・・・・・」

「黙らっしゃい! こーなったら新しいバイト捕まえてくるわ」

「あ、ちょっ、おい!」

 蜜香は夏輝が止める隙もなく街中へ駆け、数分もすると引きずるようにして女の子を連れて戻ってきた。
 その連れてきた女の子を見て夏輝は驚きの声を上げた。

「スケブ女じゃねえか!」

【こんにちは】

「なんだい、知り合いかい?」

「ああ、学校の後輩で・・・・・・、どうしてそいつを連れてきたんすか?」

 ほのかは何故ここに連れてこられたのかよく分かっておらず周りを見渡したり、ガラス窓から見えるケーキを覗き見たりしていた。

「街をぽや~っと歩いてるのを見かけて、ケーキが好きか聞いたら好きだって言うから連れてきたんだよ」

「雑! それ誘拐じゃねえか」

「さー、シャキシャキ働きな! あんたはもう帰っていいよ、シッシッ!」

 蜜香はせっせとほのかにサンタ帽やら白いファーの付いた赤いケープを着させ、夏輝にはまるで犬猫にでもする様に手で追い払う仕草をした。
 そのあしらい方に夏輝はカチンときた。

「ああ? 上等だ! こんなバイトやってられっか!」

 そう言って帰ろうとした時、夏輝は服の裾を引っ張られ、後ろを振り向くとほのかが上目遣いで夏輝を見ていた。

【一人だと心細いから一緒がいい】

「ぐっ・・・・・・」

 その上目遣いで目をウルウルさせたほのかの表情に夏輝は心が揺れた。

「そうは言っても店長がクビだってんだから仕方がねぇだろ」

 ほのかはそう言われて、今度は蜜香に向き直った。

【ダメですか?】

「うううっ!」

 ひたむきな眼差しは蜜香にも効果てきめんだった。

「し、仕方がないねえ、知り合いみたいだし・・・・・・その代わりしっかりやるんだよ! 一個でも売れ残ったら承知しないよ!」

 そう言い残して蜜香は店の中へと戻って行った。

「よし、じゃあとっととケーキを売り捌いて帰ろうぜ」

【はい】

「んで、ケーキは・・・・・・」

【あ・・・・・・】

 二人は改めて店の前に(うずたか)く積まれたケーキを見詰めた。
 その個数千個、圧倒される数に早くも二人は絶望感に襲われた。
 そう、奇跡でも起きない限り売り捌けはしない。



「さあさあ、クリスマスケーキだ! 今ならなんと定価のケーキ四千円が半額、たったの二千円だ!」

【半額セール実施中!】

「二千円? 安い! ひとつ貰おうかしら」

 二人は早く売り切る為にスマホから商売のコツを調べ、それを参考に割引をして売る作戦に出た。
 その効果は絶大でまさに飛ぶ様に売れた。

「毎度ありがとうございまーす。さーさー、早いもん勝ちだーー!」

 だがその時、ケーキ屋の扉がけたたましい音を奏でて開かれた。

「なぁにが早いもん勝ちよーー!!」

 蜜香は怒鳴り散らしながら夏輝の頭を叩いた。
 その拳は怒りによる相乗効果で流石の夏輝も避けられない速さだった。

「いってーー」

「ぶぁあかじゃないの!? いきなり半額にしてどうすんのさ! スーパーの閉店間際の処分セールじゃないんだから! この損失分はバイト代から引くからね!」

「・・・・・・すんません」

【ごめんなさい】

 二人の割引セール大作戦は失敗に終わった。




「さあさあ、お立ち会い! そこ行く老若男女の皆様方、ここにありますは甘味四天王の一人、蜜香が営む『ラ・ドルチェ』の特製クリスマスケーキだ!!」

 夏輝は合間合間にリズム良くハリセンでテーブルを叩いた。
 その何かをやっているという様子に段々と人は集まった。

「一口食べればほっぺたが落ち、二口食べれば天にも登る幸せが待ってるときたもんだ! 一年に一度しか食べられないこのクリスマスケーキ、五千円でどうだ!!」

【高い!】

 ほのかはサクラで合いの手を入れた。

「なら四千五百円でどうだ!」

【まだ高い、まけろ!】

「仕方がねえ、今日はクリスマスだ、特別に四千、四千円だ!」

【もう一声!】

「値切り上手じゃねえか、ええーい、持ってけドロボー三千円だ!」

 夏輝は盛大にハリセンを叩いた。

「買った!」

「私も!」

 そうやって次々とケーキは売れた。

「ありがとうございまーす、さあさあ、ケーキはまだまだあるよーー」

 だがその時、再びけたたましい音を奏でてケーキ屋の扉が開き、蜜香は夏輝の持つハリセンを取り上げるとそれで夏輝の頭を叩いた。

「こんのアホンダラーーー!」

「ってーなーー、何しやがる!」

「何が持ってけドロボーよ! バナナの叩き売りじゃないのよ!?」

 蜜香の怒りに満ちた顔は鬼の形相そのものだった。

「なんだよ、半額にはしてねーだろ」

「そういう問題じゃないから! 誰が値引きしていいって言ったのよ! 全く、今からバイトが見つかりさえすればクビにしてやるのに・・・・・・、いいかい、今後値引き禁止だからね!」

「すんません」

【ごめんなさい】

 二人のケーキの叩き売り作戦も失敗に終わった。




「さあ、今日ご紹介しますのは甘味四天王の一人、パティシエ薄井 蜜香が作った特製クリスマスケーキ、さあ、見て下さいこのクリームの艶! 実に素晴らしい! ふんだんに使われた苺は最高級品を使用してます。ビタミンCも超豊富! サンタの飾りや雪だるまなんかの飾りもお子さんにとっても喜ばれる楽しいデザインとなってます。今ならこのスペシャルなケーキ、オマケでロウソクも付けて四千円! しかも今一つ買うともう一つ付いてくる!」

「一つの金額で二つ買えるなら買おうかな」

「さー、クリスマスパーティに持ってこいですよー、無くなり次第終了ですよー」

 ほのかはせっせと夏輝の横で客にケーキを渡していた。
 だが、それも長く続かず、またも蜜香が怒鳴りながらやって来た。

「こんのド阿呆!」

 蜜香は思い切り夏輝の頭を叩いた。

「いってーー」

 毎度夏輝は警戒するも蜜香の攻撃は避ける事が出来なかった。

「なんだよ、今度は値引きしてねーぞ」

「バカなの? 二つを一つの金額で売ってたら半額にするのと一緒でしょうが! テレビショッピングじゃないんだから! あとその甘味四天王ってやめい!」

「ちっ、次は試食作戦で行くか・・・・・・」

 凝りもせず夏輝がそう言うと蜜香は夏輝にゲンコツを落として店へと戻って行った。
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