きみこえ
お正月 if きみこえファイナルクエスト




「ん・・・・・・ここはどこだ?」

 陽太は気が付くと草原に倒れていた。
 見知らぬ色の空に、見知らぬ形の家、見知らぬ草花に見知らぬ動物、ここは見知らぬ世界だった。

【勇者ヒナタは目を覚ました】

「やっと目を覚ましたか」

「え?」

 陽太は聞き慣れた声がした方を見ると、そこにはローブにブーツに、アラビアンナイトにでも出てきそうな民族衣装を身に纏った冬真の姿があった。
 冬真の顔には微塵も心配などと言う表情はない。

「冬真? ここはどこなんだ? その格好は何なの?」

「何をふざけた事を言っている。記憶喪失にでもなったか? 鑑定スキル発動」

【勇者ヒナタ、レベル1、ステータス異常なし】

「なんだ、何ともないじゃないか」

 冬真は訳の分からない、まるでどこかの異世界ファンタジー小説の中の人物の様な事を言い出し陽太は困惑した。

「冬真、お前さっきから何を言っているんだ?」

「冬真ではない。俺はトーマだ。やっぱり混乱のステータスにでもなっているんじゃないか?」

【鑑定結果、勇者ヒナタに異常はありません】

「ね、ねえ、さっきから気になってたんだけど、この下のテロップみたいの何? あとこの服装って・・・・・・」

 トーマの言葉の後を追う様に文字が出る。
 まるでゲームのシステムか何かみたいだと陽太は思った。
 服装も動きやすさを重視した軽装だが、胸当てやら剣やら小さめの盾やらを装備していて正にゲームの世界の様だった。

「何って、天の声に決まっているだろ。ほら、全てはこいつがやっている。こいつが目となりテロップを出している」

 そう言って見せたのは童話にでも出てきそうな透けた羽根を持ち、ヒラヒラとした薄い服に人差し指程の大きさしかない妖精だった。

「妖精・・・・・・だよな? ってかこの妖精の顔、良く見ると月島さん!?」

 金色の髪にくりくりとした瞳、幼さの残る顔立ち、正にほのかの顔そのものだった。

【月島さんではありません。天の声です】

「ええ? 一応主人公だよね? 妖精の姿はともかく天の声とかその扱い酷くない?」

【この姿は創造神の趣味です】

「気にする所そこじゃないんだけどなぁ。それで、どうやったら元の世界に戻れるんだ? ゲームなんだったらログアウトしたいくらいなんだけど」

 陽太には未だに自分が何故ここに居るのかも分かっていなかった。
 眠っている間に強制的にVRゲームでもやらされているのかと思う程だった。

「ログアウト? 何を言っている。俺達の役目を思い出せ」

「役目?」

「はあ、その様子では覚えていないようだな。ならば仕方ない、教えてやるとするか。お前は『新年の祝い』を手に入れる為に国王から選ばれた勇者だ」

「何それ、『新年の祝い』? 初日の出とか? 初詣とか?」

「そんな訳がないだろう。この国は大魔王に呪われてからここ数百年魔物は増え、新しい年が来ないまま同じ一年がずっとループしている。この呪いを解くにはその『新年の祝い』が必要なんだ」

「なるほど」

 冬真似のトーマに説明されて陽太は何となくこの世界での自分の役割が分かってきた。

「じゃあ、そのアイテムをさっさと手に入れに行こう! そしたら元の世界に戻れるかもしれないし」

「その前においでなすったようだ」

 トーマの見やる方向には土埃を巻き上げ地を素早く駆けるものが居た。

「よし、ヒナタ、武器を構えろ」

「お、おう!」

 陽太は腰にある剣を抜き、剣道の要領で構えた。
 迫り来る敵に集中しているとその敵は茂みの奥から姿を現した。

「え? あれは?」

【初級モンスター、プルプルスライム(ソーダ風味)、レベル10が現れた】

「何か美味しそうな名前だな・・・・・・」

 そのプルプルスライムは陽太の前でポヨンポヨンと跳ね回っていた。
 一見害がなさそうに見えたが、油断していると急に豪速でこちらに向かって飛んでくる。

「おわっ、意外とすばしっこい」

「スピードならお前もステータス状は負けない筈だ。さっさと終わらせろ」

「わ、分かった」

 陽太は向かってやって来る水色の球体に身を逸らしてかわすと避けざまに剣で思い切り切り込んだ。

「やった! 当たった!」

【勇者ヒナタはプルプルスライム(ソーダ風味)に1のダメージ】

「え! 今ので1しかダメージがないの?」

 確かな手応えがあっただけに陽太は口惜しく思った。

「そいつは物理が効きにくいからな」

「え、じゃあ冬真が倒してよ。魔法とか使えるんじゃないの?」

 トーマの格好は物理系の戦士よりかは魔術が得意そうな格好に見えていた。

「冬真ではない、トーマだ。因みに俺の職は商人だ」

「商人? それって何が出来るの?」

 トーマは懐からソロバンを取り出した。

「計算が出来る。ああ、怪我をしたら言えよ。薬草なら沢山持ち合わせている。1つ100Gで売ってやろう」

「金取るのかよ! 流石は商人・・・・・・」

「見ての通り俺は非戦闘員。つまりは戦闘出来るのはお前だけだ。せいぜい頑張れ」

「んなこと言ったって、いくら攻撃しても1ダメージじゃ倒すのに日が暮れるんじゃ」

 そんな泣き言をいいつつも陽太は必死にプルプルスライムの攻撃を避けつつ隙を見ながら攻撃をしていた。

「そう言われてもな、俺に出来る事は・・・・・・」

【商人トーマは支援スキル、『商人の施し』を習得しました。商人トーマは派生スキル『ギャンブラーダイス』を習得しました】

「ほお、何やらスキルが増えたようだ」

 トーマはスキルが増えた事に対しても表情を微動だにさせなかった。

「何それ、何もしてないのにずるい!」

「まあそう言うな。お陰でお前の支援をする事が出来そうだぞ。スキル、『ギャンブラーダイス』!」

 スキルを発動させるとトーマの手にはダイスが2つ出現し、それを空高く放った。
 それはやがて地に落ち、暫く地を転がっていたが程なくして止まった。

【ダイスの目、5と6。『ギャンブラーダイス』のスキルによりダメージが一時的に30倍になります】

「なかなか良い目が出たな。スキル『商人の施し』発動! 己のバフを勇者ヒナタへ譲渡する」

「おおお、なんだか急に力が湧いてきた・・・・・・。今ならやれる!」

 陽太はプルプルスライムとの距離を一気に詰めた。

「はあああっ!」

 その痛恨の一撃はプルプルスライムを一刀両断した。

「や、やった! やっと倒せた!」

【勇者ヒナタは経験値1を手に入れた】

「経験値少なっ! これレベル上がるのにどの位かかるんだよ」

【次のレベルまで9999999999です】

「うええ、これ絶対レベル上がらないやつ! 普通こういうのってチート的にレベル上がったり、チートなスキルがあったりするもんじゃないの? 俺だけ鬼畜難易度な気がする」

「泣き言を言っている暇はないぞ。次が来た」

「もう!?」

 目の前にはいつの間にか亀の様なモンスターが立ちはだかっていた。
 亀と言ってもその大きさは人の10倍以上の巨体で、甲羅は紫色のクリスタルが生え、口からは腐臭を吐いていた。

【魔獣タルトニアン(ベリータルト風味)、レベル50が現れた】

「ねえ、いきなり中ボスレベルのが来ちゃったんだけど! あと、どうでもいいけどベリータルト風味とかいちいち味で例えるのはこの世界の決まりなのかな」

「しのごの言ってないで攻撃しろ」

「うう、ゲームの世界でも冬真のやつ鬼畜!」

 トーマに言われるまま陽太はタルトニアンに向かって駆けた。
 先程までのプルプルスライムと比べると動きがゆっくりの為易々と攻撃する事が出来た。

「やあああああっ!!」

 だがしかし、剣はクリスタルに阻まれ、手に反発する衝撃だけが残った。

「くうぅっ、いってー! 硬すぎるんだけどこいつ!」

【勇者ヒナタは魔獣タルトニアン(ベリータルト風味)に0のダメージ】

「な、なあ、さっきの支援スキルとかなんとかでどうにかならないのか?」

「ふっ・・・・・・お前に初歩的な算数を教えてやろう。0に何を掛けたって0に決まっている」

 トーマはキメ顔でそう言った。

「そうだったー! だけどそれカッコつけて言う事?」

 トーマのスキルは攻撃力ではなくダメージを倍にするものの為、今回の敵には何の役にも立たない。
 陽太は対策を考えている間もタルトニアンの猛攻は続いていた。
 巨大な足で陽太を踏み潰そうとしていた所を既の所で避けるもタルトニアンの足が大地にめり込み、それで生じた衝撃波に陽太は吹っ飛ばされた。

「うわああああっ!!」

 その時、陽太の懐から何かが飛び出た。

「ん? それは!」

 長方形で薄っぺらく、片手に収まる位のサイズで金色に輝く袋、それはまさしく陽太が親から貰ったお年玉だった。
 トーマはそれを見て目を光らせた。

「その金色の輝き、まさしく!」

「金色の輝きって、それただお年玉のポチ袋が金色なだけなんだけど」

 陽太の言葉なんか気にも留めずトーマはお年玉を拾い上げた。

【商人トーマは『新年の祝い』を手に入れた。世界は平和になり魔物は消え、新年が訪れる】

 天の声の言う通りに目の前の魔獣タルトニアンは砂の様に消えて居なくなった。

「ええええ! ちょっと! それ俺のなんだけど、そんなあっさり? てか最初から持ってたのに何この全部持ってかれた感じ!?」

「お陰でこの世界に新年がやってくる。お前は用済みのようだ」

 トーマがそう言うと陽太は光に包まれながら体が透けていった。

「言い草! でも、これで元の世界に帰れるって事か?」

 眩しい光に陽太はそのまま目を閉じた。




「ん、朝か・・・・・・?」

 陽太が目を覚ました時、そこはいつも家のリビングだった。
 陽太は夜テレビを見たまま眠ってしまっていた。

「変な夢を見た気が・・・・・・、はっ! 俺のお年玉は!?」

「お兄ちゃん、何を寝ぼけてるの? 春野家は高校生になったらお年玉もう貰えないんでしょ? そんなに貰えなかったのショックだった?」

 そう言ったのはニヤニヤとした顔で笑う妹の日和だった。

「そ、そんな! 俺の、俺のお年玉ーーー!!」

 こうして、陽太の初夢は正夢となった。
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