かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「ピンバッジがなくても、君がコンテストで賞をとった事実は変わらないし、すべてのことはここにあるだろ? これだけは絶対になくならない」

そう言って、長嶺さんが自分の胸をトントンと指さした。その瞬間、私の中で堪えていた感情が堰を切ったように溢れだし、みっともなく彼の前で涙がこぼれてしまった。

「まったく、泣きたいときは無理するなよ。ずっと我慢してたんだろ?」

「っ、うぅ……っ」

背中に手を回され、そして優しく包み込むようにその胸に引き寄せられる。

こんなふうに泣ける場所があるなんて知らなかった。温かくてずっとしがみついていたくなるほど、心地いい。

「こんなふうに人前で泣くなんて、みっともなくてできません」

それでも私はつい強がりを言ってしまう。すると、長嶺さんは子どもを宥めるように頭を何度も撫でて微笑んだ。

「それって、俺の前だけでは泣けるってことか? 光栄だな」

長嶺さんが涙の雫が浮かんだ私の目尻に軽くキスを落とす。

「ち、違っ!」

変に誤解を招くようなことを言ってしまったと、パッと長嶺さんから身を離す。ニヤリと笑っている彼と目が合うとますます恥ずかしくて、逃げるように私は視線を反らした。

ドクンドクンとうるさいくらいに鼓動が鼓膜まで響いている。知りたいようで知りたくない感情が私の中で疼き始めている。一体、この感情はどこへ向かっているのか、考えるのが怖い。

「芽衣、大丈夫だ。俺が必ず見つけてみせる」

今までなんとも思わなかった長嶺さんの声が、蕩けるように甘く感じるのは多分気のせいだ。

どうして長嶺さんの前であんな大泣きしちゃったんだろ……。

その答えを口にすると何かが始まってしまいそうで、私は唇をぎゅっと噛み締めた――。
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