かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「あの、加賀美さん、私……実は結婚することになったんです」

「……は? はぁぁ!?」

いつまでも人の顔をジロジロ見ている加賀美さんに、昨夜なにがあったか聞かれたくなくて、私は結婚の話を口にした。すると案の定、加賀美さんはあんぐり口を開けながら素っ頓狂な声を出して驚いた。

「お前、それはちゃんとした三次元の人間の男なんだろうな?」

「ぷっ、なんですかそれ、ちゃんとした人ですよ。だって相手は長嶺さんですから」

怪しむような視線を向けられ、私は思わず噴き出してにこりと笑う。

「な、長嶺? えっ、ええ!?」

いい加減うるさい、と周りの社員の冷めた視線にも気づかずに加賀美さんはさらに大きな声で驚いた。

「おいおい、そんな話聞いてねぇぞ。水臭いなぁ、そういうことは早く言えよ。そっかぁ、結婚するのか、なんせお前は俺の可愛い妹みたいなもんだから……こう見えても妙な男に引っかからないかいつも心配してたんだぞ? けど、相手が長嶺なら安心して任せられるな」

うんうん、と腕を組みながらひとり頷いて加賀美さんはしみじみとした表情を浮かべた。

「長嶺さんがパリの研修で一緒だった十年来の仲だって言ってましたよ、加賀美さんこそなんで教えてくれなかったんですか?」

「え? 俺、言ってなかったっけ?」

「もう、聞いてませんよ」

加賀美さんがそうやってすっとぼけるのはいつものことだ。

私は加賀美さんとの話を終わらせ、仕事用の顔を作ってデスクに向かう。そして、マウスに手を載せようとしたとき、背後で加賀美さんがボソッと小さく独り言を呟いた。

「……そっか、花澤が結婚するって言うんじゃ、この件はどうすっかな」

この件?

パティスリー・ハナザワのプロジェクトは終わりに近づいている。また新しい仕事のことだろうかと、私は気にするのをやめて仕事にとりかかった。
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