かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
どうして私のことを知っているのか、と目が点になっていると彼女がにこりとした。

「ごめんなさい。館川さんと話してるのが少し聞こえちゃったの、店長の佐伯です」

なんだか初めて会うのにやけにフレンドリーだ。けれど、私も海外生活が長かったから、どちらかというとこんなふうにフランクな感じだと親しみやすい。

「先代のことは……本当に残念だったけど、話はかねがね聞いてるわ、ごめんなさい今ちょっとバタバタしてて……」

彼女は忙しい時間にも関わらず私に声をかけてくれた。そんな人の好さが窺えて、ほんの少し身構えていた緊張もほぐれる。遠目ではわからなかったけれど、実際の恭子さんの身長は百七十近く、女性にしては高身長で思わず見上げてしまった。シェフコートの上からでもわかるグラマーな体つき、また落ち着いたハスキーボイスで全体的な雰囲気から大人の女性の色気がムンムン漂っていた。

「K.Aコンサルティングファームの花澤芽衣(はなざわめい)です。生前、父がお世話になりました。この店が躍進できるように私も全力を尽くしますので、よろしくお願いいたします」

「もう、そんなかしこまらないでいいのよ? ここの人たち、みんな私のことは“恭子”って呼んでるの、あなたのことは……堅苦しいからあえて芽衣さんって呼ぶね、そのほうが気楽でしょ?」

聞くと、恭子さんもずっと海外に住んでいたらしい。だから初対面にしてこの砕けた感じに納得がいった。

「ありがとうございます。私もそのほうが肩に力入らなくて助かります。本当はどんな厨房なのかなって見せて欲しかったんですけど、今日は私服なので……」

私服で厨房に入るのはご法度なのは知っている。小さい頃、何度も父にそれで怒られたことがあった。

私が苦笑いすると、恭子さんが優しく笑った。

「コンサルタントなのに厨房に興味があるなんて、さすが先代の娘さんね」

「いえ、実は料理もお菓子作りも苦手で……って、あの、プロジェクトの方向性を決めていきたいので、早速ですけどヒアリングのお日にちを……」

いけないいけない。話が脱線するところだった。
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