かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
特に驚きもしないその反応にきょとんとしてしまう。『え! 嘘だろ?』とか『どうしてあのとき言ってくれなかったんだ!』とか、そんな文句を言われるかと思っていたのに……。

「だから、ごめんなさい。約束守れなくて……」

『凱旋門の近くにあるカフェに行こう』なんて、その場限りのただの口約束だったというのに、どうしてこんなに気にしてるのか自分でもわからない。

『君は律儀で真面目なんだな。そんなこと気にしなくても、俺は今最高に機嫌がいいんだ』

最高に機嫌がいい? あぁ、もしかしたらどこかで飲んで気分がよくなっている最中だったのかもしれない。だったらあまり長話するのも気が引ける。そう思って電話を切ろうと口を開けかけたとき。

『なぜ機嫌がいいかって? それは俺が君との賭けに勝ったからさ。うーん、後ろ姿の雰囲気が変わったな、髪を切ったのか?』

「……え?」

賭けに勝った……?

どういうことなのか理解できず、頭がパニックになる。

『日本のパナシェはどうだ? うまいか?』

まるで私のことが見えているかのような口ぶりだ。なぜ、パリにいるはずの彼が今の私の状況を知っているのか不思議でしょうがない。

「あ、あの……」

『どうして君のことがわかるのかって?』

茶化すように電話の向こうからクスクスと笑う声がする。

『後ろ見てみな』

そう言われて勢いよく振り向くと……そこにスーツに身を纏った“彼”がにこりと笑って立っていた――。
< 29 / 220 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop