かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「芽衣さん、ごめんね、ありがとう。助かったわ。こら、猪瀬! ちゃんと在庫確認しないからこういうことになるのよ」

その様子を見ていた恭子さんが慌てて猪瀬君と出てきて彼を肘で小突いた。

「す、すみませんっ」

猪瀬君が今にも泣きそうな顔で何度も私に頭を下げる。

「あのお客さん、ちょっとわがままだけどうちの常連さんなのよ」

恭子さんが腰に手を当てて、はぁとため息をつく。

「そうだったんですか、じゃあなおさらよかったです」

ただでさえお店の売り上げが落ちているというのに、ここで常連客に嫌な思いをさせるのは得策ではない。客足というのはこういうちょっとしたきっかけで遠のいてしまうのを私はよく知っている。

ホッとしていると、視界の端にダークブルーのスーツを着た見覚えのある男性の後ろ姿を捕らえる。

あれは……長嶺さん?

彼は長身だし目立つ。後ろ姿でも彼だとわかる。どうしてここにいるのかと思っていると。

「芽衣さん、お礼にチョコレートケーキ一個おまけしておいたわ。ありがとう」

注文していたケーキが詰められた真っ白な箱を差し出されて、ハッと我に返る。

「じゃあ、失礼します」

箱を手に取ると、私は自分の会社へ戻るべくアリーチェ銀座を後にした。
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