かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「あの、本当に自分で持ちますから……」

「おいおい、俺がこんな大きな荷物を女性に持たせて平気な顔をしていられる男だと思うか?」

長嶺さんは車を降りるなり私の荷物を持ったままツカツカと歩いて行ってしまう。

住居棟のエントランスにはシックなグレーのタイルカーペットがバランスよく敷かれていて、時間外だからか、日中常駐しているコンシェルジュデスクには誰もいなかった。

エレベーターに乗って途中で止まることなくぐんぐん最上階まで一気に駆け上ると、長嶺さんの住む部屋に到着した。住居棟の部屋数は全部合わせて五十戸程度、最上階フロアは部屋の間取りの関係で三戸しかないらしい。

「さ、どうぞ。今日からここが君の家だ」

玄関ドアが開いた途端、ほんのりと長嶺さんがつけているシトラス系の香水の香りと、空気清浄機で洗練された空気に爽やかな心地になった。

「あ、この部屋メゾネットなんですね」

「そう、ここのフロアの部屋はメゾネットタイプの間取りなんだ」

なるほど、だからこの階だけ部屋数が少ないのね。

メゾネットとはひとつの住宅内部に内階段があり、二階以上の階層で構成された物件のことだ。マンションに住んでいながら、戸建て住宅に住んでいるような感覚になれる。

全体的な内装は白を基調としていて、玄関からホールスペースを抜けると十帖ほどのリビングになっていた。

大理石のような真っ白なタイルには大きなベージュカラーのラグが敷かれている。壁際に大型テレビと座り心地の良さそうなL字カウチがあり、その間にガラスの天板のついたローテーブルが置かれている。

その上に雑誌や新聞が載っていて、リビングの奥の部屋は長嶺さんの書斎とその隣の部屋は寝室らしい。

ちゃんと掃除が行き届いてるし、長嶺さんって綺麗好きなのかな……。

「ひとつ屋根の下で一緒に暮らすと言っても、さすがにプライベートがないのは嫌だろ? 二階にも部屋があるんだ。そこを君の部屋として使うといい」

吹き抜けの螺旋階段を上がっていくと、二階は十二帖のリビングダイニングキッチンになっていた。

「わぁ、結構広いんですね」

何より驚いたのは、整ったアイランドキッチンだった。きっと父が見たら羨ましがるに違いない。

「君、料理は得意なのか? 父譲りで洋菓子作りが得意とか?」

「それが、その両方でもありません。むしろ苦手というか……」
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