かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「恭子さんはほんと気難しいところがあるっていうか……その、ここだけの話ですけど」

仕事中だというのに店の隅で立ち話なんて、こんなところ恭子さんに見られたら……。とドキドキしていると、猪瀬君が小声で思わぬことを口にした。

「恭子さんには気をつけたほうがいいですよ。あの人、人が好さそうに見えて結構腹黒いこと考えてたりしますから……」

「ッ!? な……何言ってるの?」

腹黒い、ことって?

初めて聞く彼の低い声、そのトーンに一瞬背筋が震えた。その弾みで手元から資料が落ちそうになる。

「なぁんて、冗談ですよ。恭子さんも尊敬するパティシエだし俺も応援してます。けど、最近店長になったからってちょっと人当たりきつくなったっていうか……ほかのスタッフが辞めたのって、恭子さんが原因だったりしないかなって……あ、単なる俺の憶測ですけど」

猪瀬君が何食わぬ顔でにこりとする。

恭子さんだって父が突然亡くなっていきなり店長になったのだ。彼女の中でも戸惑いや不安はあるだろうし、ストレスに押し負けてきつく当たってしまうことだってあるかもしれない、それなのに周りの人がわかってないなんて……。

私はそんな彼の安易な冗談と憶測にモヤっとしたものが湧いた。
< 65 / 220 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop