恋は、二度目のキスのあとで―エリートな彼との秘密の関係―


「ここだけの話ですけど……たしかに瀬良さんと喧嘩しました。昨日、お客様の忘れ物を探しにいったときに……」

モデルハウスの施錠を終えて部署に戻ると、ちょうどお客様から〝手帳は車にあった。勘違いで申し訳ない〟という内容の電話が入ったところだった。

柿谷先輩がすぐに「ああ、手帳の忘れ物ね」と相槌を打つ。

「はい。その時、ちょっとした喧嘩に……すみません。業務時間内なのにプライベートな喧嘩なんて……」

そう謝りかけると、先輩は「いやいやいや」と苦笑しながら私を止める。

「業務時間内にプライベートな会話なんて誰でもしてることだから。喫煙室見てみなよ。〝煙草休憩〟とか言って一日に何度も同じ顔が揃って話に花咲かせてるじゃない」
「……でも」

他人がどうこうじゃなく、自分がそうしてしまったことへの反省が消えずにうつむいた私に、先輩は「白石は真面目だからねー」とケタケタと笑った。

「まぁ、とにかくさ、問題は噂だよね。瀬良さんなんて名前が出ちゃってるから、瀬良さん狙いの女性社員は色々うるさく聞いてくるかも」
「あー……それは結構面倒くさそうですね」

瀬良さんと私が元恋人だと知っているのは北川さんだけだし、瀬良さんと私が幼馴染だってことを知っているのだって、柿谷先輩くらいだ。

そうなれば、接点なんか到底なさそうな瀬良さんと私がどうして、というような疑問を社員が抱くのは当然だし、きっとその疑問を直接ぶつけてくるひともいるだろう。

というか、瀬良さんの方は部署のメンバーにもう聞かれたりしているかもしれない。
周りに聞かれたとき、瀬良さんがどう答えるのか知らないけれど……口裏合わせをしておくべきだろうか。

そうするべきだとはわかっていた。それでも気が進まず、バッグのなかにある携帯を取り出すための手が伸びない。

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